なんの変哲も無い5月のある日。
それは多分、いつもと何ら変わらない彼らのやり取りなわけで。
「井ノ原天誅〜!!」
「ってのわっ!?」
どごっ。
井ノ原快彦の背中に100のダメージ。
うっかりそんなRPGのような一文が彼の頭の中に過ったとかなんとか。
「・・・健ちゃぁ〜ん?」
井ノ原快彦28歳。
否、昨日5月17日付で20代最後の年に突入した29歳は、じとりと恨みがましい細目&ちょっと涙目で後ろをぎぎっと振り向いた。
レギュラー番組撮影の為に入ったテレビ局の、楽屋へと続く廊下を歩いていたら、ハイトーンボイスの青年に思いっきり背中を蹴っ飛ばされたのが今の一連の流れである。
・・・手加減ナシでマジに痛いんだ、これが。
いつもの事ながらそう思って涙を拭う井ノ原である。
しかしそんなことにはお構いなしで、そのハイトーンボイスの青年・・・つまりは三宅健は、可愛らしい顔で破顔一笑。
要するに井ノ原の顔を指さして大笑いした。
「あはははっ、うっわ、ちょー不細工な顔っ!!何それっ!!」
「おん前なぁ〜なんで出会い頭に人の背中蹴るわけよぉ〜!!」
「えー?・・・そこに背中があったから?」
「・・・可愛く小首傾げてそんなこと言われても」
くりっと首を傾けたことによって随分と長くなった前髪が可愛らしく揺れる。
・・・これが男じゃなかったら素直に愛らしさを認めてあっさりと許している所ではあるが、しかし目の前に立っているのは健である。
この小悪魔とでも形容するべき存在はタチが悪い。
って言うか、そんなどこぞの登山家のような台詞で誤魔化すのはどーなのよ。
井ノ原がそう一人自問自答していると、やっぱりお構いなしで健はさっさと話を進めていく。
「って言うかそんな話するために声かけたんじゃないっての!」
「あ?何よ」
「井ノ原くん昨日誕生日だったじゃん?」
「ん?あぁ、そうそうメールさんきゅーな」
案外こういうことにかけてはまめまめしい健は、昨日の井ノ原の誕生日に一番におめでとうメールをくれたのだった。
素直に感謝の言葉を投げかければ、にっこりと笑った健が存外に微妙なことを言った。
「それでさ、誕生日プレゼント何にしようか迷ったんだけど、こう付き合い長いともーそろそろネタ切れなんだよね〜」
「・・・ネタって健ちゃん」
おいおい、俺の誕生日プレゼントは毎年ネタなのかよ。
・・・いや、俺もあんまし人の事言えないけどさぁ。
昨年の健の誕生日にパンをさりげなく彼の鞄に入れた自分の行動を思い出してちょっと遠い目になる井ノ原である。
とりあえず『いや、あの後ちゃんとしたプレゼントあげたぞ俺は』などと心中で自分で自分をフォローしておくことにする。
「だからさ、今年は初心に返ってみる事にしましたっ☆」
「初心に?」
「うん、はいこれ。誕生日オメデトー」
「・・・何よこれ?」
「題して、一日俺が甘えてあげます券10回分!」
「・・・はい?」
笑顔で健が差し出してきたのはなんの変哲もない紙の綴り。
彼の言葉によくよくそれを見てみれば、確かにそこには『一日俺が甘えてあげます券』などと書かれている。
しかもそれは随分と手の込んだ作りようで、一枚ずつにミシン目が入っていて半券が切り取れるようになっている。
そう、ちょうど映画のチケットのように。
「えーと・・・」
「いのはら〜なんだよその反応!もうちょっとリアクションしろよぉ!!」
「いや、これはつまりどういうものなんですか、三宅サン」
「え?だからそのまんまじゃん。一日俺が甘えてあげます券」
「・・・・・」
いや、だからそれはどういうことなのよ健ちゃん。
そこらへん説明してもらわないと。
「だっていっつも井ノ原くんウザいくらいじゃれてくるじゃん?だから逆にこっちから甘えてあげれば嬉しいのかなと思って。だから一日俺が甘えてあげます券なわけ。分かった?」
何やら偉そうに胸を張る健にそう言う事かと納得する井ノ原。
それは実に彼らしいアイディアかもしれない。
その上彼だからこそ許されるプレゼントなわけで。
これがもし坂本くんとかだったら正直ひくぞ、俺は。
などと思ってつい眉間にしわを寄せた井ノ原である。
「ね〜井ノ原くん?」
「え?あ、あぁ」
「なんだよ〜俺はずした?嬉しくない?」
井ノ原の仏頂面に、今度はちょっと自信をなくした顔の健。
おっと、こりゃいかん。
「いや、そんなことねぇよ!嬉しい嬉しい!!」
「マジかよ〜その顔うさんくさっ」
「お前なー俺のこの顔は生まれつきなのよっ!」
「あははっ」
いつものくだらないやりとりで返せば健はいつも通りに笑ってくれる。
ほっと一安心ついでに折角頂いたプレゼントをじっと見て、ちょっと思いを馳せてみた。
端々ににじむ、手作り感。
結構考えてくれたんだろうなとか、作るの大変だったんじゃねぇの?とか。
これを作るために一生懸命真剣に作業してる健の姿を思い浮かべてみれば、それはなかなかに嬉しい贈り物なわけで。
要はモノより気持ちなわけよ。
こんな無邪気なプレゼントもたまにはアリでしょ。
相手はなんてったって、あの三宅健だし。
「井ノ原くん?」
どうしたんだよ?と聞いてくる健に、井ノ原はいつも以上の笑顔を意識して。
「うん、むちゃくちゃ嬉しい。ありがとな、健」
と、ちょっと照れつつ言ってみれば、
「・・・どういたしまして」
そう答えた健は満足そうに可愛らしい笑顔を向けてくれた。
■□VS.Go Morita