ぽかぽかと日差しの温かい原っぱで一匹のポケモンが日向ぼっこをしていました。
「はぁ・・・」
とてもこの風景には似合わない深刻な表情で。
彼(♂)の名前はツヨシ。『ノーマル』タイプのポケモン、イーブイです。
「はぁ・・・」
「あー、もう。また、悩んどるんか?」
日陰から声をかけたのは、コウイチ(♂)。彼は『こおり』タイプのグレイシアです。
彼は太陽があまり好きではなく、今も本当は家にいたいと思っています。
しかし、優しい彼はツヨシの日向ぼっこに付き合ってあげているのです。
「コウちゃんはどうして、グレイシアなん?」
「ほぉ、お前がそれを訊くか」
コウイチが笑ってるような怒ってるような顔で言うと、ツヨシはびくんと体を震わせました。
「すいません、思い出しました。僕が釣りに行きたいって言うたから、217番道路を通って、
そこでコウイチさんが華麗に野生のポケモンを倒してLVアップして進化されました」
「よくできました」
ツヨシはしゅんと耳を倒して申し訳なさそうにしていますが、コウイチはあっけらかんと
しています。
「まぁ、わざわざ石を探さんですんだからよかったわ」
不慮の事故でしたが、ネタになるから結果オーライとコウイチは考えているようです。
「はぁ・・・」
ツヨシはまた溜息を吐きました。コウイチは苦笑しながら言いました。
「そんなに悩むなら、みんなに話を聞いてみればええやん。幸い、うちには全員揃っとる」
イーブイ。
それはポケモンの中でも特殊な存在です。
環境に適応することに優れた彼らは、様々なタイプに進化することができるのです。
そして、それこそが、今のツヨシの悩みです。
ツヨシはオカダ(♂)のところへ行きました。オカダは『くさ』タイプのリーフィアです。
彼は草むらで何かを探しているところでした。ツヨシは前置きもなく訊きました。
「なんで、オカダはリーフィアなん?」
「前にも話したと思うけど」
首を傾げつつ、オカダはもう一度話してくれました。
「ハクタイのもりで、マーくんの為に探し物をしていたら野生のポケモンが出てきて、
それを倒したら、LVアップしてリーフィアになったんや」
「『くさ』タイプってどうなん?」
「ヨシくんにバトルで勝てんのが悔しいな。でも、いいこともあるで」
「何なん?」
オカダは普段の様子からは想像できないニヒルな笑みを浮かべて、言いました。
「虫を簡単に誘き寄せられることや。今もマーくんの為に捕まえるところ。見ていく?」
「遠慮するわ。それより、自分、対虫ポケだと不利なんやから気をつけや」
背丈の高い草むらに潜ってしまったオカダを置いて、ツヨシは次へ行くことにしました。
「やっほー、ヨシヒコ(♂)、『ほのお』タイプのブースターだよ」
「誰も聞いとらんって」
ヨシヒコは砂利道を無駄に元気に走り回っているところでした。
ツヨシは話が長くなることを覚悟して、ヨシヒコに訊いてみました。
「どうして、ヨシくんはブースターなん?」
「You、それはとてもいい質問だ。グッドクエスチョンね」
ヨシヒコはツヨシの肩を力強く叩きながら言いました。
「俺みたいな熱い男に炎以外の何が似合うっていうんだ。そう!ないんだよ。だから、
『ほのおのいし』を使ってもらったて訳。アーユー、オーケー?」
「うん。それで、『ほのお』タイプってどんな感じ?」
「そうだなぁ・・・ケンちゃんとのバトルだと苦戦するけど、やっぱりオススメよ」
胸を張って、ヨシヒコは答えました。
「この熱い炎を感じてよ。気持ちいいでしょ?」
ツヨシは逃げるようにその場を離れました。
透き通った池で、ケン(♂)が泳いでいました。ケンは『みず』タイプ、シャワーズです。
水面から顔を出していなければ、いることに気がつかなかったでしょう。
「ここに来るなんて珍しいね。どうしたの?」
「ケンくんに訊きたいことがあって。どうして、ケンくんはシャワーズを選んだの?」
「そんなの簡単だよ。泳ぐのが好きだから。それで『みずのいし』を使ってもらったの」
ケンは尾ひれでパシャリと水面を叩きました。水滴がキラキラと輝いています。
「そしたら、『みず』タイプになってみて、実際どうだった?」
「楽しいよ。ゴウにバトルで勝てないのは・・・まぁ、前からだし。そんなことより、水の中の
綺麗な景色が大事。ツヨシも泳いでみたら?」
ツヨシはとっても冷たい池の水を一口飲んで、「次があるから」とその場を後にしました。
ゴツゴツとした岩場で、ゴウ(♂)がバトルの練習をしていました。
ゴウは『でんき』タイプのサンダースです。
「何か用か?」
「練習中にゴメンな。ちょっと訊きたいことがあるんや」
岩場の上の方にいたゴウは、ツヨシのいる所まで下りてきてくれました。
「それで?」
「うん、あんな、どうして、ゴウくんは数ある中からサンダースを選んだん?」
「素早さと特攻」
答えたぞと言わんばかりにゴウは黙ってしまいました。
「ええっと・・・『でんき』だからってことじゃなくて?」
「それは二の次。バトルはやっぱり素早さがものをいうからな。だから、『かみなりのいし』
で進化した」
何かに憧れの眼差しを向けるゴウは凛として勇ましい姿です。
「もし、素早さを上げたいっていうなら、俺がとっておきの訓練で鍛えてやるぜ」
ツヨシは首を横に振りました。
「ただいま」
疲れたツヨシは家へと帰ってきました。
そこには、先に戻っていたコウイチの他に、マサユキ(♂)とヒロシ(♂)がいました。
マサユキは『あく』タイプのブラッキー、ヒロシは『エスパー』タイプのエーフィです。
「どうして、二匹はそれなん?」
「お前、言葉省き過ぎ」
ぐったりと床に倒れたツヨシの代わりにコウイチがツヨシの知りたいことを説明しました。
「それはあれだ」
「それはあれだよ」
二匹はシンクロしながら答えました。
「マスターと散歩中に野生のやつに会って、」
「戦闘したらLVアップしたの。それが、」
「夜だっただけ」
「昼だっただけ」
「進化したのは同じ日だったな」
「うん。マーくん、暗いの嫌いなのに頑張ったよね」
「必死だったよ。お前、その少し前のバトルで重傷だったから。しかも、あいつ、キズぐすり
持ってねぇの」
「俺、折角進化したのに、センター行くまでずっとモンスターボールの中だったよね」
二匹は思い出話に花を咲かせ始め、ツヨシの質問そっちのけです。
「はぁ・・・」
ツヨシはまた溜息を吐きました。
「どうや、ツヨシ。みんなの意見を聞いた今の心境は?」
「僕、このままでいい・・・ううん、このままがいいわ。自分らしくて」
ツヨシは決めたようです。高らかに宣言します。
「僕、このままイーブイでおるわ」
パチパチパチと周りから拍手が起こりました。実は、みんな(ここにいない彼らも含め)、
ツヨシには小さい(進化後はみんなイーブイの倍以上の大きさなのです)イーブイのままで
いて欲しいと思っていたのです。そうとは知らないツヨシは、素直に祝福を受けています。
照れたように笑う顔はとても嬉しそうです。
「でも、そしたら、気をつけなきゃいけないね」
ヒロの言葉にツヨシは首を傾げました。
「マスターといつも一緒にいると、俺達のどちらかみたいに進化しちゃうよ」
「今のお前の様子だとすぐにでも進化してしまいそうやな」
ブラッキーとエーフィの進化条件に、マスターへのなつき度というものがあります。
つまり、マスターへなついていれば、どちらかに進化しうるということです。
再びツヨシは顔を曇らせてしまいました。
「どないしよう?」
「たまに反抗すればええんやって。どついてみるとか」
コウイチが答えると、タイミングよく彼らのマスター;コウキ(♂)がツヨシを呼びました。
ポケモンを放し飼いにする、自由奔放なマスターです。
「よし、行って、『たいあたり』や」
「おい、待てっ」
マサユキの制止に気づかず、ツヨシは家の外にいるマスターのもとへ『でんこうせっか』で
行ってしまいました。
残った三匹は顔を見合わせて言いました。
「コウキ、泣くな」
「コウキ、泣くね」
「コウキ、泣くわ」
外から悲鳴が聞こえたような気がしました。
ぽかぽかと日差しの気持ちいい、ある日の出来事。
なお、その日の内に、ツヨシはコウキから『かわらずのいし』を貰いました。