「…そぉ〜かそぉ〜か」
「はっ!?」
「岡田はそんなに俺が嫌いかぁ〜」
「げっ!!坂本さんっ!?」
「あらら」
「あはあは」

不穏な低い声の主。
入り口の壁に背をもたれ、腕を組んで岡田に鋭い瞳を向けているのは、紛う方なき岡田の現在のパートナー、坂本昌行その人だった。
坂本は長野のそれとは種類の違う黒い笑みを浮かべると、思わず立ち上がったままの状態でぴしりと固まっている岡田(まさに蛇に睨まれた蛙である)にコンパスの長い足ですたすたとあっという間に近寄って来る。
かと思うと微動だに出来ないでいる岡田を素早く捕まえて、やっぱり黒く微笑みながら彼を腕でホールドしてしめにかかった。
「そりゃー残念だなぁ〜俺はこぉーんなにお前が大好きなのになぁ〜」
「ぬおっ?!ちょ、坂本さん!ギブ!ギブギブ!!」
「お前よぉー相棒に見捨てられた可哀相な先輩に対して嫌いはねぇよなー」
「かっ、勘弁して下さいよぉ〜!!」
「ちょっと坂本くん、人聞きの悪いこと言わないでよ。別に俺が望んでそうしたわけじゃないんだからさ。文句なら上に言ってよ上に」
『相棒に見捨てられた』と言う言葉を聞いて長野が顔をしかめて抗議したとおり、確かに此度のパートナー変更は上司からの『新人教育のため』と言う命令によるものである。(非常にチャレンジャーな上司である)
それを坂本とて分かっていないはずもないのだが、けれどもその言葉で頷かないのが彼なのだ。
彼は岡田をホールドしたまま、怒りの矛先を今度は長野の現パートナー井ノ原に向けて言う。
「そんなちっちゃ目ほっときゃいいのによー」
「って酷っ!!」
あんたそりゃないでしょうよ!!とこちらでも抗議の声があがるが、やっぱり坂本は取り合わない。
と、ようやく岡田をしめる腕を緩めたと思いきや、今度はその頬を引っ張りつつ「いひゃい!いひゃれす!!」という悲鳴をあっさり無視して長野にすがりつくような目で訴えた。
「なぁながのぉー戻ってこいよぉー」
「だから俺の独断じゃどうにもならないんだってば」
「俺よりそんなちっちゃ目がいいのかよぉー」
「…そんな別れた妻に復縁を迫る夫みたいなこと言われてもねぇ」
自分で言っておいてどうにも微妙な顔になる長野だが、それはまさに言い得て妙である。
「長野ぉ〜」
「あーもう、そんなことよりほら!いいかげん岡田離してあげなよ。いい歳した先輩が後輩をいじめるんじゃありません」
美形台無しな顔で若干涙目になり始めている岡田を見かねて、御歳36歳男性に向けて子供を叱るような口調で長野がそう言えば、坂本は意外にも大人しくそれに従って岡田の頬を離す。
が、その眉間には未だ盛大なしわが寄っていて、彼の不機嫌さを物語っていた。
「長野さぁ〜ん!」
「よしよし、もう大丈夫だからな」
「ほら准ちゃん、イノッチ特製紅茶飲んで落ち着いて」
「…俺は納得してねぇからなっ」
「坂本くんねぇ…」
依然として。
坂本は憮然とした態度…と言うよりかはむしろふてくされたような顔を崩さない。
その様子を見て疲れたようにため息を吐き出した長野は、何やら優雅に紅茶を一口すすった後。



「俺を怒らせる気?」



…静かに響いた声音は限り無く優しく。

浮かべられた微笑みは限り無く柔らかいままだと言うのに。

その一言で、一瞬にして室内にありえないほどの殺気をほとばしらせた。



『ひっ?!』
背筋が凍るどころの話じゃない、そのあまりにも強烈な殺気に、坂本だけではなく井ノ原と岡田までもが短い悲鳴を上げて揃ってぴしりと固まる。(完全にとばっちりである)
「ねぇ…」
「めっ、めっ、めっ、めっそうもございませんっっ!!」
裏返った声で大慌てで首をぶんぶん振る坂本の横で、何故か同じく井ノ原と岡田までぶんぶんと首を振っていたりする。
その光景を面白そうに眺めてから、ようやく普段の彼に戻って長野はにこりと笑った。
「そう?ならいいんだけど」
『……』
途端にそれぞれから漏れるのは安堵のため息である。
あの坂本すら一瞬で恐怖に追い込む男、長野博。
もしかしたら一番最凶(強)なのはこの人かもしんない…
つい認識を新たにした一同である。
「とにかくさ、パートナー変更がしたいなら坂本くんは岡田をちゃんと育て上げる事だね。一応この度のパートナー変更は新人研修って名目になってるんだからさ」
気を取り直して、と言う風に長野が言った言葉は確かに一理あるものだった。
とは言え実は期間も何も決まっていなかったりするなんともいいかげんな研修なだけに、その名目の裏に某かの含みが無いとも限らないのが微妙なところではあるのだが。
「まぁ確かに長野くんの言うとおりなんじゃね?つーわけで頑張れじゅんじゅん♪」
「すごい無責任な応援っすよね、それ…」
「あはあは♪」
のんきな顔でお気楽に笑う井ノ原に対し、岡田はぶすくれた顔で冷めた紅茶をすする。
井ノ原としては長野がパートナーになった事によるマイナス点は特にないため(多少あごで使われてはいるが)気楽なもんなのである。
ぺふべふと岡田の頭を叩くと彼は軽い足取りで紅茶のおかわりを入れに行った。
「岡田なら大丈夫だよ。ちょっとドジっ子だけどそこは愛嬌ってことでね」
「…だからドジっ子じゃないっす」
「まぁまぁ」
何がまぁまぁなのか分からないが、ことさら優しげに微笑んだ長野がぽんぽんと岡田の両肩を叩く。
そしてさらに。
「ねぇ坂本くん、岡田なら大丈夫だよね」
あろうことか岡田の肩越しに坂本に話を振った。
…あれ、なんだろう、この背中にぴしぴしと突き刺さるような感覚。
痛い。
なんか知らんけども痛すぎる。
「…おい、岡田」
「はっ、はひっ!?」
やたらと低い声での坂本の呼びかけに素っ頓狂な声を上げてから、恐る恐る肩越しに坂本を振り返った岡田は、そこに一番見たくないものを見つけてまたもやぴしりと固まった。
「お前がちゃんと一人立ち出来るように、これからも俺がしっかり可愛がってやるから…覚悟しとけよ?」
坂本の強面でする、凶悪過ぎるニヤリ笑い。
この笑顔を見た時は、いつも決まって悪い事ばかりが起きることを岡田は嫌と言うほど知っている。
言い知れぬ戦慄が全身に走って。
そして。



「っ、嫌だぁ〜〜〜〜〜!!!」



その絶叫が室内(いや、室外にも)こだました。












そんな、部屋の外。

「今日も賑やかだねー」
「…あの人たち仕事してんのか?」
濃紺の制服をきっちりと着込んだ二人の青年が、外まで聞こえるほどの騒動に呆れ顔で室内を覗いていた。
片方の青年が抱いた疑問に、もう片方の青年が軽く首を傾げて言う。
「さぁ?普通捜査一課の部屋って言ったらみんな捜査で出払ってて、そうそう人がたむろってるはずもないんだけどね〜」
まぁそれは若干の偏見を含むような気もするが。
そう。
言い忘れていたが、ここは埼玉県警察本部。
刑事部捜査第一課の部屋なのである。
つまり彼らは全員…



現職の『刑事さん』なのである。











「長野さん!!やっぱりチェンジして下さいチェンジっ!!」
「だから俺の権限じゃ無理だって言ってるのに」
「その気になりゃ本庁の偉いさんでも動かせる人間が良く言うぜ」
「ちょっと、坂本くん…」
「あれ?長野くんが本庁に顔が利くって言うのただの噂じゃなかったんだ」
「あれはマジ話だぞ。なんたって俺が今までクビになってないのが何よりの証拠だろ」
『あぁ、なるほど(ていうか自覚あったんだこの人)』
「坂本くんねぇ…」





日本は今日も平和である。(多分)






END?









≫Kohki's Comment.

無駄に長い割にあんま中身のないだらだらとした話ですが。(笑)
とるもとにかくとりあえず、ガコイコの父子way of lifeロケネタで一本書きたくなり。
実際書いてみたらロケ内容とはほとんど関係ないような代物が出来上がってしまったと言う一品。
あの内容でこんなところに行き着くのは俺くらいだと思います。(笑)
イメージ的には彼らがそれぞれの役を演じてる方向で読んで頂けたらと。
なにせ岡田のキャラが若干おかしいもんで。(笑)

ちなみにイラストページにイメージイラストもアップしてみました。
よろしければ覗いていって下さいな♪


2008.07.23.Wednesday

Background:写真素材 [フォトライブラリー]