深い深い森の奥。
濃霧に紛れ、静寂に包まれて佇む一軒の古びた洋館。
主を失い、人が寄りつかなくなって久しいその場所は。
いつの日からか、とある吸血鬼たちの寄り合い所となっていた。
これはそんな深い深い森の奥に佇む館での、限りなく浅い浅ぁ〜いお話である。




「……」
男はただ黙したまま、館の玄関扉を開いた。
扉に備え付けられているノッカーを使う事もなく、綺麗に磨かれた大理石の床に靴音を高らかに響かせて、足早に玄関ホールを直進する。
その先にある扉をさらに開けたなら、そこは館のダイニングルームである。
天井にはクリスタル製の豪奢なシャンデリアがあるが明かりはつけられておらず、また部屋の端から端までの長さがあるテーブルの上にはいくつかの燭台があったが、こちらもまた明かりを灯されることなく厚くほこりをかぶっている。
「……」
男はそれに一瞥をくれるとやはり黙したまま、さらに部屋の奥へと足を進めた。
この館の中で唯一、明かりが灯っているキッチンへと。

「…ナガノ」
「む?ひゃひ?(※ん?なに?)」
何じゃねぇだろ、と呆れたため息を零した男は、自らがナガノと呼んだ、この館の主でありキッチンに明かりを灯した張本人に歩み寄った。
それから自分が予想していたよりも遙かにすごいことになっている彼に、思わず目眩を覚えずには居られなかった。
「…なんでお前は全員が集まる前につまみ食いしてやがんだ…?」
「いはららぁははもほふん、ほへはへ…(※いやだなぁサカモトくん、俺はね…)」
「っだぁ〜!!わけわかんねぇから口の中のもんを食い終わってから話せっ!!」
「んく…んぐんぐ。ぷはぁ。もーサカモトくんは短気だなぁ。そんなんだからモテないんだよ」
「ぐっ?!うっ、うるへ〜!!」
図星を指されて思わず顔を赤くする男…サカモトに、遠慮無しな言葉をぶつけたナガノはまた手近にあった生ハムをつまんでもぐもぐと口を動かす。
吸血鬼というのは本来、人間の生き血以外の食料は必要としない生き物である。
それなのにキッチンの狭いテーブルの上には、彼が作ったと思しき様々な料理がそれはもう所狭しと並べられていた。
その上彼はそれを生き生きとした顔でつまみ食いしている。
色んな方向性を間違えているような気がするこの吸血鬼に、しかしサカモトは今更驚いたりはしなかった。
何せナガノがいわゆる人間の食べ物を好んで食べるのは今に始まったことではないのだ。
「ほんとお前よくそんなもん食えるな…」
テーブルの上に並ぶ料理を指先で突付きながら、サカモトが嫌そうな顔をしてそう言えば、きょとんとした顔のナガノが小首を傾げる。
「なんで?おいしいよ。あ、ちょっと食べてみる?」
「食えねぇしいらねぇって」
「そう?おいしいのにもったいない」
そう言ったナガノは手近にあったオードブルをつまんでまた口をもごもごと動かす。
もはやこれはつまみ食いじゃねぇんじゃねぇか?と思いながらサカモトはため息をついた。
「ほんと、吸血鬼のくせになんでお前はそんなもんが食えるんだ…?」
「ほんはほほひはへへほ(※そんなこと言われても)」
「あはあは。んなの今更でしょーよサカモトく〜ん」
「あ?」
不意に一際陽気な声が響いてきて、坂本は眉根を寄せて声のした方を振り向いた。
するとキッチンの窓の隙間からするりと入り込んできた一羽のコウモリが視界に入る。
黒光りする羽をパタパタと忙しく動かしているそれは、ポンッと言う軽い破裂音と共にあっという間に人の形へと変化した。
「やっほう♪」
「イノハラ」
「遅いぞイノハラ〜」
「あはあは、メンゴメンゴ♪」
若干の死語を平気で口にした細い目の男…イノハラは、キッチンに並ぶ数々の料理を見渡してからまたあはっと笑う。
「またすごい事になってんね〜ナガノくんこれ一人で全部食べれんの?」
「大丈夫だよ、今日はゴウとケン、それにオカダも呼んでるから♪」
「あ?あいつらも来るのかよ」
「マジで?うわ、ちょー久しぶり〜♪」
ナガノの言うゴウ・ケン・オカダと言うのはこの森に住む人狼(平たく言えばオオカミ男)トリオの事である。
ナガノたちと同じファンタジー属性(彼らは自分たちの事を前向きにそうカテゴライズしている)である彼らとは、この森で出会った時からずっと仲良くしていた。
人狼は読んで字の如く人と狼のハーフを表す。
つまり彼らは雑食なので、食卓を囲むには…と言うか、ナガノの相手をするには最適の人材だったのだ。
「じゃあ準備しないとね♪料理あっちに運ぶ?」
「うん、よろしく。サカモトくんは地下からワイン取ってきて」
「おう」
ちなみに吸血鬼である彼らは食事はしないが酒は飲むことが出来る。(但しナガノという特異な例外を覗く)
特にサカモトは完全な飲兵衛だった。
そんなわけでナガノの指示でそれぞれが動き出そうとした時。


ピンポーン。


唐突に。
機械的で非常に軽いチャイム音が館内に響き渡った。


「お、おい、今の何の音だ!?」
聞きなれない異音とも言うべき音にサカモトが慌てて聞けば、のほほんとした顔のナガノがぽんと両手を叩く。
「あーたぶん宅急便だ。はいはーい、今開けまーす」
「はぁっ!?宅急便!?」
ちょっと待て、人が寄り付かなくなって久しい館に宅急便とは一体何事か?
サカモトが上げた驚きの声に、しかし特に反応を返さぬまま。
ナガノはぱったぱったと軽い足取りで玄関へと駆けて行ってしまう。
その背中を見送りながらこてりと首をかしげたイノハラが、いぶかしむ様な声で言った。
「じゃあもしかして今のは玄関チャイムの音?っていつの間にそんなもん取りつけたわけよナガノくん…」
「つーか普通にありえねぇだろ!!吸血鬼が宅急便受け取りって!!」
「うーん確かに。むしろよくここまで配達に来るよねぇ、宅急便の兄ちゃん」
この館に人間が住んでいないことはこの辺りの者であれば誰でも知っている、いわゆる周知の事実と言うヤツである。
そんなところから宅急便を頼むナガノがツワモノなのか、はたまた宅急便の兄ちゃんがツワモノなのか。
二人の疑問は多々あれど、たどり着く一番の疑問は要するにたった一つなわけで。

『どーなってるんだ、ナガノヒロシ』




**********




人間は日々進化する生き物らしい。
吸血鬼は古来よりその種を保っているけれど、もしかしたら人間と同じく、進化することが出来る生き物なのかもしれない。
ただナガノを見ていると、その進化が正しいのかどうかはひっじょーにびみょーな所ではあるけれども。

「サカモトくん、イノハラ、今日のメインディッシュが届いたよ〜♪」
「あ?メインディッシュ?」
「ん?ってーことは、もしかして今届いたのって…」
「うん。ネットで注文したお取り寄せグルメだよ♪」
『お取り寄せグルメっ?!』
…てゆーことはあれですか。
この館、もしかしてパソコンとか置いてあったりするんですか?
もっと言うとインターネット環境が整ってたりするんですか?
ん…んーと…
「あはあはあは!!ナガノくんもうなんでもありだね!!ありえねぇ〜!!」
「……」
一人大爆笑するイノハラに対し、サカモトは絶句して妙に遠い目になって思う。
本来ならば人の目を忍んで生き、夜な夜な美女の生き血を求めて街へ繰り出すのが吸血鬼の正しい生態と言うものである。
それなのに。
嗚呼それなのに。


ピンポーン。


そんなサカモトの思考を中断するように、再び無遠慮に鳴り響くチャイム音。
それと。
『ナっガっノっくーん♪』
「きたよー」
「きたぜー」
「きたでー」
元気な声の三重奏は、もちろん言うまでも無く人狼トリオのものである。
あいつらチャイムのこと知ってたのか・・・
つーかどこの小学生だあいつらは。
そんなことを思って、またしても遠い目になるサカモトだった。






今日も深い深い森の奥。
霧に紛れて静かに佇む古城では、役一名の特殊な吸血鬼のおかげで賑やかな宴が半ば(いや、100%)強制的に行われている。




END.








≫Kohki's Comment.

無駄に楽しく書けました。(笑)
久しぶりの完全新作です。パラレルです。でもアホです。(笑)
なんか博さんにもひょもひょさせるのが妙に楽しくて困りました。(笑)
ちなみに時代設定がさっぱり分からないところが味だと思います。(をい)
久しぶりのゆるい話ですので、ゆるい感じに読んで頂けたらと。(笑)

2008.07.10.Thursday

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