誓約の名の下に。











『誓約に従い、我、汝と共に歩むことを今ここに誓う』














 空には満月が浮かんでいた。










「・・・男が男のストーカーに狙われるなんて、ほんと物騒な世の中だよなぁ」

 明かりもない、ひと気もない、満月だけに照らされた路地裏。
 男は口の端を吊り上げて皮肉たっぷりにそう言った。

『・・・・・やはり、気づいていたか』

 答えたのは夜の闇。
 否。
 夜の闇に蠢くもの。

「人間じゃないもんの気配を感じ取るのは得意なんでね」

『ならば話は早い。術者よ、【式】を引き渡せ』

 蠢くもののその言葉に、男は疲れたように、呆れたように頭をかいた。

「まぁーたその話か。あんたでもう10人目・・・って人間じゃないからそれは正しくないか。・・・まぁいいや。とにかく、この間っから同じ事聞いてくるやつが多くてさ。だから最近は問答無用で・・・」

『なっ!?』

「ぶっ倒すのが【俺たち】の暗黙の了解、なんだよ」

『・・・・・!!』



 一閃。

 銀色の煌きが闇夜に生まれたかと思うと、蠢きは四散した。

 それは本当にあっという間の出来事。

 後にはただ、元の物言わぬ闇だけがその場に静寂をもたらす。

 そして。

 男以外にもう一人、佇む人の姿を月は映し出した。



「・・・なぁーんか、腑に落ちないよなぁ」
「えぇ?何が」
 闇夜に生まれた煌きの正体・・・刀を背中の鞘に仕舞うと、男が漏らした愚痴にそ知らぬ顔でそう返したのは男より若干若い、優しい顔をした青年だった。
 その格好は着物に妙なアレンジを施した、日中にその格好で街を歩いていれば確実に奇異の目で見られるであろう、そんな様相で。しかも背中に背負った日本刀は明らかに真剣である。
 この時代錯誤も甚だしい彼に、男は不機嫌丸出しの顔で言った。
「お前を拾ってからろくな事が起きてないだろ」
「気のせいじゃない?」
「・・・この期に及んでそんな返し方が出来るお前が凄いよ」
 脱力して肩を落とす。
 その姿は疲れたサラリーマンのようだ。
 (実際彼の【本職】はサラリーマンであり、今も黒のスーツを身につけているわけだが)
「ほら、そんなことより坂本くん。次のお客様が来たみたいだよ」
「誤魔化しやがって。・・・ったく、今日は千客万来だな」

 言葉通り、闇が再び蠢く。

 満月はそれを静かに見守っている。

 流れ行く風はざわめきだけを広げて。

「俺は仕事終わりで疲れてんだ!!さっさと終わらせて帰るぞ!【博】」
「仰せのままに」
 【名】を呼ばれた彼はそれに答え、闇夜に浮かぶ淡い光をその手に宿す。
 それに呼応するように、彼の背の刀が静寂に鈴の音のようなものを響かせた。
 耳に涼やかなその音に、しかし闇は怯えたような動きを見せる。
 彼はその闇を見据え、柄を握る。


「悪いけど俺はもう、【そっち】には戻らない」


 一閃。

 またも銀色の煌きは、闇に蠢くものを四散させた。

 後に残るはやはり、物言わぬ闇の静寂ばかり。

 そして、二人の間には僅かばかりの沈黙。





「・・・確かに勝手な話だけどさ。もうちょっとだけ、俺に付き合ってよ」
 刀を鞘に仕舞いながら、背を向けたままの【博】の言葉に、男・・・坂本は静かなため息を一つついてから、懐から出した煙草をくわえ火を点けた。
 紫煙が天に昇り、それは煌々と輝く満月を霞ませる。
「・・・最初に、言っただろ」
「・・・・・?」
 十分な間を置いてから発せられた坂本の呟きにゆっくりと振り向くと、彼は何処かイタズラっ子のような笑みを浮かべていて、そして。
「俺は、満月の下で交わした約束は何があっても破らないってさ」
 天を仰いで、頭上の月を見た。
 そう。
 そう言えばあの日もこんな満月の夜だった。
「・・・ありがとう」
 万感の思いを込めて、【博】はそう呟く。
 すると複雑な顔をした坂本は、曖昧な笑みを浮かべて。
「俺は、礼を言われるほどの人間じゃねぇよ」
「それでも、ありがとう。俺は、坂本くんに拾って貰えて幸せだよ」
「・・・それこそ、柄じゃないな」

 自分が誰かを幸せに出来るなんて、そんなこと思ったこともない。

 自分が誰かと幸せに生きるなんて、そんなこと考えたこともない。

 でもだからこそ、彼らは出会ったのだ。

 そして見つけたのだ。

 誓約上のものだけではない、確かに強固な絆と言う形を。







 今日のような、満月が照らす光の中で。







「さーてそろそろ帰るか。明日も朝一の会議で早いんだよなぁ」
「えっ!?じゃあもしかして明日も俺の朝ご飯なし?」
「・・・お前、どうせ食わなくたって生きていけるくせに」
「そりゃそうだけど、俺の唯一の楽しみを奪う気!?坂本くん!」
「・・・お前なぁ」
「それは酷いっ!!酷すぎるよっ!!」
「・・・分かったよ。今日のうちに作り置きしといてやるよ」
「やった!さすがは坂本くん!!」
「・・・こんな時ばっかりだな、お前」



 そんな風に。

 他愛ないやりとりをして帰路に着く二人を、

 満月はまるで母親のような暖かさと優しさを持った光を湛えて、

 いつまでもいつまでも照らし続けていた。











「なんで式神がグルメなんだろうなー」
「あっ!ちょっとそれ差別発言だよ!!」
「・・・・・」











END.





 ****************

 シリーズモノっぽい話のくせに、続きを全然考えて書いてません。(爆)
 なのでこれはこれだけと言うことで・・・(笑)
 一応最初は本当にシリーズものにする気だったんですが。

 文章書くリハビリ作品第二弾。
 ちなみに図らずとも中秋の名月に完成したある意味奇跡的な作品。(笑)

 2005.09.20.Tuesday
 Kohki Tohdoh Presents.
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