「ねーねーいろは歌って全部歌える?」
「あ?あんだよ急に」
「だって急に気になったんだもん」
「・・・・・」

その返し方はないんじゃないか?と思いつつもつい沈黙してしまった剛は、「なー聞いてんだから答えろよぉ〜」などと後ろから体を揺すって来るこの駄々っ子をどうしてやろうかと思った。
雑誌撮影のために入ったスタジオで与えられたV6の楽屋内。
待ち時間を何をするでもなくソファの上でだらだらしていたら、急に健がそんなことを言ってきて今に至る。
いろは歌を全部歌えるかって?
答えならもちろんノーだ。
自分は国語はそんなに好きじゃない。
それが顔に出ていたのか、剛に聞くのはすでに諦めたような顔の健が一人ごちた。
「いろはにほへとまでは分かるんだけどな〜」
「つーかいろはにほへとくらいは誰だって分かんだろうがよ」
「だから全部歌えるかって聞いてんじゃん」
ぶーっと口を尖らせて言う健に、剛はもはや興味なさげに「あっそ」と素っ気無い返事を返すのみである。
それが気に入らなかったのか、健が「や〜く〜た〜た〜ずぅ〜!!」と剛を思いっきり揺する。
がくりがくりと剛の首が取れそうな勢いで揺さぶられているその光景に、ちょっと離れた所から苦笑して見ていた岡田は仕方がないな、とばかりに口を開いた。
「いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ うゐのおくやま けふこえて あさきゆめみし ゑひもせすん」
「え?」
「それで全部やで」
「へ〜!さっすがは文系少年岡田!」
「・・・なんや、その呼び方は何かを思い出すわ」
健のネーミングセンスにちょっと遠い目をして岡田が言うのを、ようやく健の揺す振り攻撃から解放された剛がうひゃひゃっと笑う。
それを特に気にした風もなく、瞳を輝かせた健がねぇねぇと岡田に寄って来た。
「それ、意味は?」
「意味・・・諸行無常を歌ったような内容やったと思ったけど」
ちゃんとした意味までは、と岡田が眉を寄せてしまったので健は残念そうにそっか、と呟いた。
とは言え一度気になったらそれが分かるまで落ち着かないのが人間と言うもので。
しかしこの場に岡田以上に国語力のある人間などいただろうかと健が考えを巡らせていたら、独特の言い回しで口を開いた人間が一人いた。
「色は匂へど散りぬるを、我が世誰ぞ常ならん、有為の奥山今日越えて、浅き夢見じ酔いもせず」
「へ?」
「イノッチ」
三人の会話に文字通りにょっと割って入ったのは井ノ原だった。
岡田と健の真ん中に立ち、彼らの肩に腕を回して。
メガネをかけた奥の瞳(最近楽屋にいる時はメガネ着用)をいつも以上に細め、なんだか楽しそうにその言葉の意味を説明し始めた。
「つまり花は咲いても散ってしまう。世の中にずっと変わらず存在し続けるものなんてない。無常なこの世を今日も越えて、酔いもしないで儚い夢は見たくないもんだってな所よ。まぁ人によって訳し方はちょっと違うみたいだけど」
「へー意外。井ノ原くんよくそんなこと知ってるね」
「健ちゃ〜ん、俺現役学生の上に完全文系よ?このメガネを見て御覧なさい!!」
「ってメガネは全然関係ねぇじゃん」
相変わらずソファの上でだらだらしながらうひゃひゃっと笑う剛になによぉ〜!!なんてカマ言葉で返して、岡田と健から離れた井ノ原がじゃれつく。
その様子に「せっかく井ノ原くんを見直しかけてたのに」なんて、岡田と健は顔を見合わせて笑った。
「・・・世の中にずっと変わらず存在し続けるものか」
「ん?どないしたん?健くん」
「あのさぁ」
ふと何かに気づいたように健がこぼした呟きに岡田がそう問いかければ、くりっとした両目が真剣な色を浮かべてまじまじと見上げてくる。
「変わらないものって本当にないもんかな」
「変わらないもの?」
そんな問いかけがくるとは思っていなかった岡田は困ったように首を傾げた。
「うーんそうやなぁ・・・」
「まぁ人が人である以上は不変のものはないんじゃないか?」
一通り剛とじゃれ終わったらしい井ノ原が、ずれたメガネのフレームを押し上げながら答えを探しあぐねている岡田の代わりにそう答えた。
季節が移り変わるように、すべてのものは絶えず変化を続けて変わっていく。
森羅万象、それに例外はないのではないかと言うのが井ノ原の答えなのだが、しかしそれはある意味でちょっとシビアな話かもしれない。
「そーかなー」
「そうやなぁ・・・」
しかし井ノ原が返したその答えに納得がいかない様子で、健はぽそりと呟いた。
「・・・変わんないものだってあるよ、きっと」
「変わらんものか・・・難しい話やな」
「でも絶対あるっ!!」
どちらかと言えば井ノ原寄りの答えを持っているらしい岡田が難しい顔で首をひねったので、ムキになったように健はそう言い張る。
「う〜ん変わらないものなんて何かあったかぁ〜?」
「あるんだってばっ!!絶対!!」
「・・・つーか、さっきからお前何が言いたいんだよ」
井ノ原までもが首を傾げた中、頑なに変わらないものもあるのだと主張する健の態度が引っかかったらしく、さっきまで興味のなさそうな顔をしていた剛がそう聞いてきた。
すると何故か健は仁王立ちになり、そっくり返って堂々とそれを口にする。
「だから変わらないものはあるんだって言いたいんだよ!!」
『いや、それ答えになってないから』
「あはははは」
三人の手を横に振りながらの見事なユニゾンツッコミに笑い声を上げたのは、今まで楽屋内には居ながらもこの会話に不参加だった人物だった。
「ははっ、もーなんだか漫才見てるみたいだよ?お前たち」
『長野くん』
「博」
「もー笑い事じゃないってば、長野くん!」
「あはは、ごめんごめん」
心底可笑しそうに笑っていた長野は健の口を尖らせての抗議に笑みを苦笑に変えて、彼を宥めるようにぽんぽんと彼の頭を叩いた。
それで多少機嫌を直して、健は上目遣いに長野を見る。
「長野くん、変わらないものだって、あるよね?」
「ん?うーん、そうだなぁ・・・」
すがりつくようにちょっと頼りない健の瞳がじっと見つめてくるので、長野は柔らかに微笑んで今度は健の頭を優しく撫でてやった。
他三名がそれをちょっと羨ましそうな顔で見ているのはとりあえず無視の方向で、彼は思いついた事を優しく説き伏せるように言葉にする。
「変わってしまうものは確かに多いけど、変わらないものだって確かにあるもんだよ」
「!!うん!だよねっ!!」
「俺は・・・そうだな、例えば人の想いは変わらないと思うよ」
「人の想い・・・」
微笑み、長野が言った言葉をゆっくり噛み締めるように。
健はそれを反芻する。
「えーでもさ、長野くん。人の想いほど移ろいやすいものはないって言うじゃんよ」
健が待ちかねていた折角の肯定的な意見に、そう反論したのは井ノ原だった。
長野は相変わらず優しく微笑んだまま、あろうことかそれに頷いた。
「ん?うん。まぁそれも間違いじゃないけどね」
「ええっ!?ちょっと長野くんなにそれぇ!!」
「博、一体どっちの意見を肯定してんねん」
健だけではなく岡田にまでそう言われてしまったので長野は困ったように笑う。
そして彼が弁解しようと口を開きかけた時。
「おーい、そろそろスタジオ入りするぞ」
スタッフとの打ち合わせで一人だけこの場に居なかった坂本が、扉を開けるなりそう言って入ってきた。
そのタイミングの悪さに長野を覗く全員の視線がぎっと彼に向く。
「お・・・おい、なんだよその顔は」
「大事な話の最中なのに!ほんと坂本くんってタイミング悪いよね!」
「っていきなりなんなんだよ。一体何の話してるんだ、お前らは」
「え?えーと・・・」
坂本の問いかけにそういえば、と全員が顔を見合わせて首を傾げた後。
『いろは歌の話?』
導き出されたのはそんな答えで。
それがどうして大事な話なんだ?と言う根本的な質問をされて、それを一から説明するめんどくささに揃って眉を寄せた。
「ま、いいや。ほら、とにかく時間がないから行くぞ」
『・・・は〜い』
話が中途半端なままなのは気になって仕方がないが、お仕事はお仕事である。
答えが返ってこなさそうな雰囲気にそれ以上の追求をやめて時計を見た坂本が言った言葉に渋々ながら全員が頷き、楽屋を出た。
と、一番最後に楽屋を出た長野が、全員が出るのを待って楽屋の扉を閉めていた坂本に何事かを耳打ちする。
そして暫くの後、納得したように長野に頷いて返した坂本が健の下まで足早に歩いていった。
「健」
「ん?何?」
「一つ、いいことを教えてやろう」
「は?」
急にそんなことを言われて健が首を傾げると、坂本は何処か不敵な笑みを口元に浮かべる。
「いいか?この世を無常と思うのも儚い夢だと思うのも・・・変わるのも変わらないのも、全ては自分次第だ」
「え・・・」
何故坂本が先までの自分たちの会話内容を知っているのだろうか。
そんな疑問を持ちつつも、彼が言った言葉に健は戸惑う。
もしかしたら、長野がさっき言おうとした言葉はまさにこれだったのではないだろうか。
そんな健の内心を知ってか知らずか、坂本はさっきより不敵さを抜いた、彼にしては珍しく優しい微笑みを浮かべてさらに言葉を続けた。
「変わりたくないなら、想いを変えたくないのなら、ただそう在ればいい」
「・・・・・」
「少なくとも、お前にはそれが出来ると俺は思うぞ・・・なんてな」
最後は少しだけ茶化すような含みを入れて、ぽんぽんと頭を叩く坂本に健はじいっと彼を見上げる。
ちょっとだけ意外そうな顔のままに、ぽつりと思いついたままそれを呟いた。
「・・・初めて坂本くんを尊敬できたかも」
「・・・っておいおい、初めてかよ」
「だって普段が普段だし」
「・・・お前なぁ」
だんだん長野に似てきたんじゃないか?なんて言う坂本の愚痴をまるで耳ざとく聞きつけたように、絶妙のタイミングで後ろからやってきた長野が二人の背中をぽんっと叩いた。
(坂本の背中を叩く手に健の背中を叩く手よりも若干力が入っていたような気がしないでもない)
「ほらほら二人とも。ゆっくり歩いてると遅れるよ」
「はーい♪」
「・・・へいへい」
長野に促されるまま、二人は歩き出す。
坂本の言葉にすっかり機嫌を良くしたらしい健は、二人からは離れて前を歩く三人に勢い良く駆け寄って行って体当たりをかました。
三人の抗議の声と、楽しそうな笑い声が交じり合う。
「すっかりご機嫌だね」
「さっき泣いたカラスがなんとやらだな。で、あんな解釈でよかったのか?」
「うん。完璧だよ。さすがは坂本くん」
頷いて微笑む長野はまさに確信犯、と言うやつであろう。
先ほどの耳打ちは坂本に今までの会話を簡潔に、かつ分かりやすく要約して伝えたのだった。
それをすぐさま理解して健への言葉とした坂本も、確かに『さすがは』と言う言葉に当てはまる。
「けど、お前が言ってやっても良かったんじゃないか?」
「ほら、たまにはリーダーの威厳を見せておかないと」
「・・・お前って何気に俺の傷をえぐるよな」
「え?何の話?」
にっこりと邪気のない(ある意味邪気MAX)の微笑みで返されてしまえば、坂本は閉口するしかないわけで。
こっそりとため息をつきつつ、前を行く四人の『急げってば!!』と言う言葉に苦笑して、長野と二人走り出すのだった。




END.









■COMMENT.
これで終わっていいのかどうか非常に微妙な所だったりするのですけれど。(笑)
なんだか中途半端なもんを書いてしまって申し訳ないです。
結局何が言いたかったのか・・・(遠い目)
とりあえず中途半端に頭がいい感じの井ノ原さんと、たまには格好いいところを見せる坂本兄さんを書きたかったんです。
書きたかったんですが・・・なんかやっぱりいつも通りの様な・・・?(笑)
というか三宅さん、G10にて出番多し。(笑)
つーかこれ最初はカミセンだけの話にするつもりだったんだけどなぁ・・・