「ごぉ〜〜〜」
見事なまでのひらがな発音だ。
彼、森田剛は、背中にかかるどこか甘えているかのようにすら聞こえるハイトーンヴォイスにそんなことを思った。
しかしあくまでもただそう思っただけで、その声の呼びかけには応えようとせず、背を向けたまま無視を決め込む。
それが声の主の機嫌を損なったらしい。
どかりと鈍い衝撃が背中にやってきて、振り返る必要もなく剛はその理由を知った。
「・・・重いんですけど、ミヤケサン」
「お前が無視するからだろぉ〜!!」
まぁ答えは至極簡単である。
要するに剛の背中に無視の報復とばかりに健がどかりと思い切り良く抱きついてきたのだ。
ちなみに常日頃から彼の度を超したスキンシップに慣れてしまっている剛は、抱きつかれたくらいで動じるような事はない。
彼の抱いた感想など、とりあえず体重を思いっきりかけるのだけはやめて欲しい、なんてことぐらいだ。
「なぁ〜ごーおーっ!!」
「あ〜!!だからあんだよお前はよぉ〜!」
耳元でキンキン鳴る声で叫ばれては返事をしないわけにもいかない。
結局は剛が折れる形で、仕方がないとばかりに背中の健を首だけで振り返った。
そうすると視界に入るのはにんまりとした笑顔の健で。
…あ、俺なんか間違ったかも。
そう思っても既に後の祭りである。
「なぁっ、今日ってなんの日かもちろん知ってるよなっ?」
「あぁ〜?今日〜?」
問われて剛は首をかしげる。
はて、今日は何月何日だったか。
そう思って楽屋にあった壁掛けのカレンダーを見てみると、すぐに健が言わんとしている事が分かった。
何せそのカレンダーにはでかでかと、今日の日付部分に健のトレードマークであるニコニコマークが描き込まれていたのだ。
もちろん当然の如く健が描き込んだものであろう。
私物でもないのにこんなことしていいのかー?と思いながら、剛は少々ひん曲がった解釈で答えを口にした。
「あ〜今日は2月14日ね〜お菓子屋の策略日だろ?」
「ってお前さー素直にバレンタインデーって言えよー」
まぁ間違いじゃないけどさーと健は唇を尖らせながら言う。
確かに剛が言うとおり、バレンタインデーはお菓子屋の策略で出来たと言っても過言ではない。
そもそもバレンタインデー(2月14日)と言うのはキリスト教の聖人、バレンタインが処刑された日なのである。
それがいつの間にやら世間一般的に女性から男性へとチョコレートを贈る日になって久しい。
ちなみに日本のバレンタインは今から七十年ほど前にとある洋菓子店が英字雑誌にバレンタインチョコの広告を出した事から始まっているらしい。
まぁそんな余談は置いておくとして、一体バレンタインデーがどうしたと言うのだろうか。
そもそもバレンタインデーと言うものは女性が男性に告白する日であって、野郎同士では別段楽しくもなんともないイベントである。
自分たちの職業を考えるとまさか貰ったチョコレートの数を競い合うなどと言う面倒な事はしないだろうし、かと言って誰それから貰っちゃった〜♪などと言う自慢話を健がするとも思えない。
としたら、彼が先まで浮かべていたにんまり笑顔の理由はなんなのだろうか。
剛はそこまで考えて、思案するのも面倒なので手っ取り早くその理由を本人に問うことにした。
「んで?そのバレンタインデーがあんだってんだよ」
「あ、そーそー本題忘れるところだった。これこれ♪」
どうやら機嫌を直したらしい健が剛から離れ、含みのある笑顔を浮かべつつ差し出したのは、六つの少々歪な形をした黒く丸い物体・・・きっと漂う香りからしてチョコ、もっと言えばトリュフであろう・・・が入った正方形の小さな箱で。
一体それがどうしたのかと剛が口にする前に、健が意気揚々と説明を加えてくれた。
「えーこちらにありますのはその名もロシアンチョッコレイツ!でございまっすv」
「ロシアンチョコレートぉ〜?」
そのネーミングからして、明らかに良いものではなさそうである。
不穏な空気を漂わせているそれを剛がマジマジと見つめると、健がぱっと手を引いた。
「だーめ!あんまりジッと見るとどれがハズレか分かっちゃうだろ!」
・・・あぁやっぱりそう言うシステムなわけね。
内心でげっそりとしながらも、剛は一応その物体の中身を聞いてみた。
「なぁ、ハズレって中何入ってんだよ」
「そりゃあもちろんオーソドックスにカラシがたっぷり♪」
「うへぇ〜・・・」
想像しただけでも口の中がおかしくなりそうである。
「つーかそうだ、お前んなもんどこから持って来たんだよ」
「たまたま通りかかったスタジオで収録に使ったやつの余り物だって言うから貰って来ちゃった♪」
・・・んなもん貰ってくんなよ。
そんな剛の心の中の突っ込みはどうやら健に届きそうもない。
彼はやっぱり意気揚々として。
「はい、剛どれにする?あ、岡田も選べよなっ♪」
「ぬをっ!!?」
全く話に参加していなかった岡田にまで話を振った。
実はずっと同じ室内に居ながらも、巻き込まれないように今の今まで沈黙を守っていた岡田なのであったが、どうやら端っから否応なく巻き込まれる事が決定していたらしい。
「・・・・・俺も?」
『当然!』
ヤケクソになった剛にまでそう言われて密かに眉間にしわを寄せる彼である。
「さーてどれにする〜?」
「あ〜ちょーこえぇ〜!」
「なぁ、せーので取ろうや」
健が持ったロシアンチョコレートの箱を囲んで、三人揃って悩み込む図と言うのはなんとも奇妙である。
そして三人が一斉に「せーの」の合図を声を揃えて言おうとした、まさにその時。
「あっれー?なんだよなんだよ〜お前らだけで美味そうなの食ってんじゃん?」
『井ノ原くん』
「いのっち」
陽気な声(もしくは暢気な声)で楽屋に入ってきたのは細目の青年、井ノ原である。
彼は目ざとく三人が囲んでいたチョコレートの箱を見つけると、いつもの調子であはっと笑い。
「俺も一個頂き〜♪」
『あっ!』
ひょいっと、ぱくっと。
ロシアンチョコレートの一粒をあっさりと口の中に放り込んだ。
カミセン三人はそんな彼を思わずじっと見守り、結果奇妙な沈黙が四人を包んだ数秒後。
「・・・ん?・・・・・んぬっ!!?なっ、かっ・・・かれぇ〜〜〜!!!」
・・・いっそ素晴らしいほどにお見事です。
「かっ、かっ、かれぇっ!!ちょ、な・・・何なのこのチョコはっ!!?」
「うわー六分の一の確率だったのに・・・」
「うひゃひゃひゃ!!井ノ原くんすっげぇ強運!!」
「強運っちゅーか凶運なんちゃう?」
『なるほど』
一人大騒ぎする井ノ原の横で、カミセン三人は彼の強運(凶運)にしきりに(ある意味)感心するばかりである。
事情が飲み込めない井ノ原は、とにかく口の中の大惨事を何とかしたいわけで。
「みっ、みず〜〜っ!!!」
『みみずはいないなぁ』
「んのぉ〜〜〜!!(涙)」
などと、ベタな返しをされてしまいましたとさ。
めでたしめでたし?
END.
≫Kohki's Comment
久しぶりにネタの神が降りてきたので書いてみました。(笑)
いや〜間に合わないかと思ったけどなんとかギリギリセーフでね。
でも小説じゃなくて小話でも十分だった気がする。(笑)
そして余りにもベタな内容なんですけど、それがまたうちの彼ららしいかなということでどうか一つ。(笑)
少しでも楽しんで頂けたならば幸い♪
2006.02.14.Tuesday
Background Photo:<ivory>