俺は生まれつき特殊な力を持っていた。

苦しませることなく、眠るように

『歌で』人を殺すことの出来る能力。

歌うことが大好きだった俺は

その力を自覚した時、歌うことをやめた。

何よりも大好きだった歌を

俺は躊躇いながらも手放した。






















■□君が僕の歌を聴いたら





















「歌って」



そいつはとびきり綺麗な笑顔を向けて、突然俺にそう言った。

穢れを知らない、純真無垢のままの瞳で。


「・・・お前、自分が何言ってるのか分かってんのか?」


信じられない気持ちで、目を見開いて。

俺がそう聞き返せば困ったような微笑みが返ってくる。

ベッドの上に、今は半身を起こして俺のことをじっと見てくる

優しいけど、とんでもなく意志の強い茶色がかった瞳。

不治の病を宣告されて、余命はあと半年足らずだと

そう告げられている、俺の唯一無二の親友。


「分かってる。だから、あんたの歌が聴きたい」


自分が今置かれている状況を思ったからこそ、

最期の時を迎える瞬間は俺の歌を聴きたいのだと

やっぱり綺麗な笑顔でこいつは微笑む。


「・・・冗談じゃない!!どうして俺が・・・っ!!」


むざむざお前を殺すなんてこと

そんな酷い事を出来ると思うんだ?


「・・・うん。酷いこと言ってるのは分かってる」


目を閉じて、何かを堪えるような顔で

でも口調はいつもと変わりない穏やかなもので。


「あんたに傷を遺していくのは心苦しいけど、でも俺はあんたの歌が聴きたいよ」


だから歌って。

瞳を開いて再度そう繰り返した。


「そんなことは出来ない。第一俺は歌うのをやめたんだ」

「でも、歌は好きでしょ?」


知ってるんだよ、と細められる瞳。

・・・あぁ、好きだよ。

歌うのは大好きだ。

未練がましいけど、歌うことをやめた日からもずっと・・・

ずっと。


「・・・例え好きでも、俺は歌うわけにはいかない」

「お願いだよ。これは俺の最期の我が侭だから」


・・・どうしてそんな悲しいことを言うんだ。

最期なんて、そんな風に簡単に。


「・・・歌えない。俺はもう歌えないんだ」

「ううん、俺には分かるよ。あんたは歌える。歌うことを望んでる」


誰よりもね、と微笑む顔に言葉が詰まる。

・・・分かってる。

歌えるもんなら歌いたいさ。

この歌が、お前の命を奪わないのであれば

いくらでも歌ってやるよ。

でも、俺の歌はお前の命を奪うから。

だから歌うことなんて出来ないんだよ。


「・・・歌えない。俺はお前を死なせたくはない」

「・・・ありがとう。でもね?どのみち俺の命はもうそう長くはない」


知ってるでしょ?

悲しげに顰められた眉に軽く傾げられた首。

・・・知ってるよ。

苦しいほどに、胸が締め付けられるくらいに。


「だから、どうせ死ぬならあんたの歌を聴いて死にたい」


揺ぎ無い、決して曲げられることはないであろう意思の篭った瞳。

・・・あぁ、もう何を言ってもこいつは頷きはしないんだろうな。

不意に、そう気づいた。

こいつがこういう顔をした時は、

俺がどんなに言葉を連ねても決して自分の意思を変えることは無い。

それこそ死んでも、その思いを変える事はないだろう。

どんなに・・・俺が泣いて懇願しようとも。


「・・・分かった」

「本当!?」


・・・なんでそんなに嬉しそうな顔するんだ。

今の俺の言葉は『お前を殺す』宣言をしたのと同じなんだぞ?

本当にお前は、この状況を分かっているのか・・・?


「ごめんね、面倒なこと頼んで。・・・そんなに苦しそうな顔をさせて」

「・・・分かってんなら、そんなこと頼んでんじゃねぇよ・・・っ!!」

「うん、ごめん。でもこればかりは譲れない」


ずるいくらいの笑顔でこいつは

やっぱり笑う。















「だから歌って」















ベッドに横たわって、俺の歌を聞く準備をしたらしいこいつは

何を歌ってくれるの?と、眠る前に母親に歌をせがむ子供のような顔で

楽しそうに聞いてきた。

・・・本当に、ただ眠るだけだというのなら

どんなにいいことだろう。


「・・・ずっと歌っていなかったから、最近の歌は良く分からない」


本当に久しぶりすぎて、ちゃんと歌声が出るのかすら

俺には分からなかった。


「・・・本当にいいんだな?」

「しつこいよ」


ふふっと笑って返すこいつには

死への恐怖というものが全く感じられない。

・・・恐いとは、思わないのだろうか。


「何?」


俺のそんな考えが届いたかのように、首を傾げる。

目を瞬かせ、どうしたの?と再度問いかけてくる顔は楽しそうですらある。


「・・・恐くは、ないのか?」

「恐くない・・・って言うと嘘になるかな」


だったらなんで、そんな風に穏やかに笑ってられるんだ?

いつもと全く変わらない、柔らかな笑みのままで。


「でも、それよりも何よりも、今は楽しみでしょうがない感じ」

「何が・・・」

「決まってるでしょ。あんたの歌だよ」


あんたの歌声が聴けることが何よりも楽しみでしょうがないんだ。

そう言って穏やかに笑う顔にはやはり恐怖など微塵も感じられない。

・・・俺はもう、覚悟を決めることしか出来ないのだと理解した。


「・・・俺にはお前を癒す歌は歌えない」

「うん」

「俺にはお前を殺すことしか出来ない」

「うん」

「それでもお前が俺の歌を聴きたいんだと言うんなら、もう何も言わない」

「・・・うん」

「お前のためだけに歌う」

「・・・ありがとう」


もう、それ以上話すことは出来なかった。

これ以上話していたら、言葉が嗚咽に変わって

みっともなく泣くことしか出来ないだろうから。


「・・・多分、お前も知っている歌だと思う」


ベッドサイドの椅子に腰掛けて、俺は瞳を閉じると息をゆっくりと吸い込んだ。

もう、これ以上こいつをこの世界に引き止めていられない自分の無力さに

心の中で涙しながら。










「―――――――――っ」










俺は歌った。

子供の頃、多分母親が歌ってくれたんだと思う

酷く懐かしい気持ちがする、その歌を。

それをこいつは、黙って瞳を閉じて

きっと、穏やかな顔で楽しそうに聴いていることだろう。











「・・・思ったとおりだ」


歌の最中、そう呟いた声が聞こえて

歌い続けながら俺はゆっくりと目を開いた。

すぐに嬉しそうに細められた目と視線が合う。


「綺麗な歌・・・綺麗な声・・・綺麗な気持ち」


あんたの気持ちがまんま伝わってくる、とちょっと困ったような顔で笑った。

ちょっと辛いなぁ、なんて言って。

・・・どう考えてもそれはこっちの台詞だ。


「ありがとう・・・忘れないよ」


そう呟いて、だんだんと力を失くしていく瞳。

掠れていく声。

その光景を目の当たりにして

俺は初めて、自分の歌を心底嫌いだと思った。










俺の歌はお前を救えない。

俺の歌はお前を殺すだけ。


それなのに・・・

それなのに・・・


死の間際にお前はいつものように綺麗に笑って、



「・・・あんたの歌、好きだよ」



そう言った。


最期の時に聴く事が出来たのが俺の歌で良かったと

そう言って笑った。


俺は歌った。

お前が綺麗な笑顔を浮かべたまま

満足そうに息を引き取った後も、歌い続けた。

涙が止まることの無い様に

壊れた蓄音機のようにただずっと

失ったもののあまりの大きさに、どうすることも出来ずに歌い続けた。










君が僕の歌を聴いたら

その命は呆気なく失われる。

でも、穏やかに笑った顔は僕を責めることも無く

ただ、その歌を好きだと言ったまま

優しい傷跡を僕に遺して逝った。















END












タイトルはワン・リーホン氏のアルバム、一番最後の曲『君が僕の歌を聴いたら』から。
この題名を見た瞬間ぴぴっと湧いたインスピレーションのままに書いて見ました。
実際のこの歌の内容とは似ても似つかない内容なんですがね。(笑)
実際の歌は男女の別れの歌。
いつか僕の歌を聴いて欲しい、みたいな感じの歌です。
言ってしまえば間逆の内容ですな。
一応イメージとしては『歌で人を殺すことの出来る俺』が坂本氏。
そして『歌をせがむ友人』が長野氏でお送りしております。
あえて名前を出さないでみました。
長野氏、死にネタでごめん。(笑)
やっぱり歌=坂本氏っつーイメージが強いんですよね。
んで儚くも強い、と言うイメージは長野氏。
死にネタでも優しく切ない、こういう感じの雰囲気の話は書くのも読むのも好きです。
切ない痛みっつーのはなんとも言えず・・・こう・・・!(なんだよ・笑)
しかし文章が拙すぎてその痛みが表現しきれていないのが心残りで・・・
く・・・苦情は心の中に閉まって!!
もっと人の心に訴えかけられる文書を書ける様になりたいです、はい。