TAKE.00 【PAINT IT BLACK】




落ち着かない気持ち。

押し寄せる波のような緊張感。

いつもとは勝手が違う環境。




ソロコンサート開演前の控え室で。
時が経つにつれ増してくる漠然とした恐怖感に、森田剛は訳もなく叫び出したくなるのをこらえて、握っていた両手をさらに強く握りしめた。
長く握りしめ続けた両手はすっかり血の気が引いていて、白く、冷たくなってしまっている。
それなのに滲みつづける手のひらの汗は、一向に引く気配がなくて。

「・・・くそっ」

苛立たしげに舌打ちした。
時間が迫るにつれ増して来る、逃げ出したいと言う気持ちをなんとか内へと圧し止めて、重いため息を吐き出す。
不安で。
怖くて。
次第に大きくなる、耳の奥で響く心音に、剛は不快気に眉を顰めた。




その提案を持ちかけられた時、真っ先にやりたくないと言ったのは本当に素直な気持ちだった。
今更、と言う思いが強かったし、何より六人でやることに慣れた自分には、一人の舞台と言うのはどうしてもハードルが高かったのだ。
自分一人に一体何が出来るのだろうと言う不安が頭をもたげ、さらにその不安を分かち合えるメンバーがいないことに心細さを感じて。

それは剛が今までに体験したことの無い、『独りきり』という恐怖だった。

過去の自分は一体何を思って、ソロコンサートがやりたいなどと息巻いていたのだろう。
ふと、剛はそんな事を考える。
古い雑誌に踊る、『夢はソロコンサート』と言う言葉。
無邪気な笑顔を浮かべた自分の写真。
思うに、楽天的な夢や希望ばかりを抱いて、直面する不安や恐怖の可能性などこれっぽっちも考えてはいなかったのではないだろうか。
いい意味でも悪い意味でも、あの頃の自分は子供だったのだ。
けれど良くも悪くも大人になった今の自分ではそうは行かない。
責任と言う二文字を背負った現実は、どっしりと自分の前に鎮座しているのだから。

「・・・はぁ」

本日何度目になるか分からないため息をついて、セット前の髪をわしわしと乱暴にかき混ぜる。
一度に押し寄せた恐怖と不安と緊張がごちゃ混ぜになって、今の自分は相当酷い顔をしているだろう。
ぎこちない苦笑いを浮かべて、剛は俯いた。
そうすると慌しくしているスタッフやダンサーたちの声は何処か遠く、自分の周りだけが奇妙な静けさに満ちているような気がした。
唯一つ、ずっと響き続けている自分の心音だけがやけにうるさい。
落ち着け、と己に言い聞かせる度、それは余計に大きく響いて。
あまりの緊張に呼吸すら、している実感が無いほどだった。






けれど世界は、たった一言で様相を変える。






「剛?」



不意に。
静寂をまとっていた世界を震わせた声に驚いて、剛は顔を跳ね上げた。
そのまま瞬きを繰り返すこと数回。
そうして何度確認しても、そこにはとても見慣れた優しげな顔が一つある。

「・・・ながのくん?」

我ながら可笑しいくらい恐る恐るの声だ。
つい人差し指まで向けて確認したら、相手はにこりと笑って楽しげに声を弾ませた。

「びっくりした?舞台稽古、早めに切り上げてもらって初日から来ちゃった」

なんたって剛ちゃんの晴れの舞台だからね、と嬉しそうに笑うその人は紛れも無い長野博その人だった。
柄シャツにジーンズと言う私服姿で、髪型もナチュラルなままセットされていない完全なオフスタイル。
作られていない普段の姿の彼は仕事中よりももっと、ふわっとした印象が強くなるような気がする。
穏やかな丸い声と、柔らかな微笑みと。
それに触れただけで、剛の中で何かがゆるりと崩れ始める。
だから。

「・・・たすけて」

気づけばそんな言葉を口走っていた。
それと同時にすがるように伸ばした手で、長野の腕をぎゅっとつかむ。

「緊張で、死にそう」

言葉が余り真剣みを帯びないように苦笑いを口元に浮かべて、本人としては精一杯虚勢を張って口にしたつもりだった。
けれどどうやらそれは上手くいかなかったらしい。
その言葉を聞いた途端、長野はこちらの緊張が移ったような顔をして、真剣な眼差しをこちらに向けてきた。

「・・・あ、や・・・その、さ」

ついしどろもどろになって取り繕う言葉を探していると、ふっと口元を緩めた長野が、自身の腕をつかむ剛の冷たい手を優しく温かい手で包み込んで。
いつもの穏やかなまぁるい声で言う。

「大丈夫」

それと共に、ふわりと浮かべられる微笑み。

「お前なら大丈夫」

まるで、確信しているかのように。
一体その根拠は何処にあるのだと問うことすら躊躇われるような、力強い言葉。
返す言葉もなくただ瞬きを繰り返せば、何がおかしかったのか、ぷっと吹き出した長野がわしわしと剛の髪をかき混ぜた。

「うわっ、ちょ、長野くん!?」
「あはは。お前緊張しすぎだよ!逆に俺の方が緊張するだろ?ほら、笑って笑って」

ぶにっと頬をつかまれて、それをそのままぐいーっと引き上げられる。
抵抗する間もなく強制的に作られた笑顔の形はどうにも歪だ。
それを見てさらにおかしそうに笑った長野は、そのまま真っ直ぐ剛を見つめて力強く言い放った。

「頑張らなくていいから、お前らしさで勝負すればいいよ。大丈夫。なんたってお前はV6の森田剛なんだから。俺が保証する!」
「・・・ふひゃひゃひゃ」

なんだかものすごくむちゃくちゃなことを言われているような気がしたけれど、気づけば笑い出している自分がいて。
頬をつかまれたままなので奇妙な笑い声になってしまったけれど、おかしなほど気持ちは高揚していた。
気づけばうるさいほどに響いていた心音も気にならなくなっていて、本番前の喧騒も世界に戻って来ている。

・・・結構自分は単純なのかもしれない。

そう思って、剛はつい笑みを濃くした。







「森田さん、そろそろ準備お願いします」
「あ、はい」
「じゃあ俺客席に行ってるから・・・」
「あ、ちょっと待った長野くん」
「え?」
「あのさ、一つだけ頼んでもいい?」
「ん?なに?」
「MCの時、ステージに上がって来てくんねぇ?」
「・・・って俺めちゃくちゃ私服なんだけど?」
「別にそれでいいって!全然問題ナシ!!ワックスとか貸すし、どうか!お願いしますっ!!」
「・・・しょうがないなぁ」

不承不承、と言うよりはどこか嬉しそうな顔をした長野はおおらかに笑って。
唐突な申し出に頷いてくれる。
そんな彼の存在に大きな心強さを感じて剛はそっと息をつく。

大丈夫。
俺なら大丈夫。

そう心中で繰り返して、熱を取り戻した両手を力強く握った。






さぁ、世界にぶちまけよう。
柔らかな光に見守られて濃さを増す、
漆黒の衝撃を。







END.







**********

「お母さんたすけてー!!」(幻聴)とステージ上で博さんを呼んだ森田さんが可愛かったのでつい書いてしまった舞台裏話。(笑)
実際は「長野くん上がってきて」って言ったんだっけかな?そこはなんか記憶がおぼろげなんですけども。
とにかく博さんに早く来て欲しかったらしい森田さんに切羽詰ったものを感じた剛コン初日。
他のメンバーは自分から上がってくることが多かったようですが、初日は自ら呼び込みましたからね。
本当に相当緊張していたんだと思われます。
ちなみにもちろん内容は捏造ですよ、捏造。(当然です)
こんなんだったらいいなくらいの妄想にございます。(笑)
博さん&森田さんコンビがお好きな方に捧げます。(笑)

2009.01.13.Tuesday