頭の上を。
青い空の中を。
真っ白な雲が流れてく。
世界は当たり前のように俺の前にある。
「おはよう、剛」
「・・・長野くんさぁ、出会い頭に頭撫でんのやめろっての」
「えーだってすごい撫でたくなるんだもん、お前の頭」
「あんだよもー」
季節は夏、真っ盛り。
強い日差しが頭上に降り注いで、髪を短くしたばかりの頭にはそれはちょっと熱すぎて。
キャップをかぶろうかと思った所で優しい手がぐりぐりと自分の頭を撫でてきたので、ちょっと困惑気味にその相手に文句を言ったら逆に文句で返されてしまった。
それはないだろう、と思っても相手が相手なので彼はそれを口にはしない。
「ドラマのために刈ったんだよね」
「あ~うん。思ったより全然変じゃなくて安心した」
「ほんと、似合ってるよなぁお前」
それっぽくて、と笑う相手に一体『それ』とはなんだろうと思い、ふと自ら気付く。
要するにドラマの役柄である時代人っぽくて、と言う意味なのであろう。
興味津々、と言った顔でその相手は更に言葉を続けた。
「戦争のドラマなんだっけ?」
「あー合ってっけど、ちっと違うかも?現代の人間が戦争してる時代にタイムスリップするって話」
「へぇ~あ、オンエアちゃんと見るからな」
「・・・どうも」
この相手の場合、それが口先だけの社交辞令ではない事が分かっているので、ちょっと照れくさい感じでぶっきらぼうな感謝の言葉を口にする。
これでも割と無口で不器用である彼にとっては最大限の表現なのだ。
長年の付き合いでそれを分かっている笑顔の似合うその相手は、にこりと笑ってまた頭を撫でてきた。
なんだかなぁ、とは思えど彼はやっぱりそれを口にはしないのだった。
「まぁ結構さ、学ぶこと多かったよ」
「へぇ?」
「・・・本当の幸せって、何かって事とかさ」
「本当の幸せかぁ」
彼が自分からそう言うことを語り出すのは非常に珍しいことだ。
それを茶化すこともなく、横槍を入れるわけでもなく、また話の先を急かす事もせずに。
柔らかな微笑みを浮かべたままの相手は相槌だけを入れてただ彼を優しい眼差しで見つめる。
もともとじっくりと言葉を選んで話す彼にとって、きちんと考え抜いた末の言葉を声に乗せるまで待ってくれるのはこの上なくありがたかった。
心地よい沈黙にゆっくりと、選んだ言葉を紡ぎ出す。
「今、ここにこうして居られる事自体、幸せなんだなーって、なんか、思った」
嘆息して、天を仰ぐ。
そこには当たり前のように輝く太陽と青い空、白い雲。
そのまばゆいばかりの光に手をかざし、彼は片目を細めた。
風は穏やかに流れて、せわしく動く人々の声や足音が、喧騒とは違った感覚で彼の中に落ちる。
それは少し前の彼にとっては、何の気にも留めなかったものたちだ。
けれど今はどうだろう。
何気ない平凡こそが。
当たり前に目の前にある世界こそが。
本当は愛すべき、この上ない幸せに満ちているものである事を知った今ならば、世界はそのどれを取っても素晴らしいものに思えた。
「・・・成長したなぁ、剛」
彼の一連の動作をじっと見守っていた相手は、含むような笑いを見せてそう言う。
ほんのちょっとの間に随分大人になったんだね、なんて。
まるで親か何かのような言葉までつけて。
それに対し、彼はちょっと眉を寄せた。
「・・・長野くんさぁ」
「ん?」
それってすごい子供扱いじゃねぇ?
唇を尖らせてそう言おうとしたのだけれど、はたと気付いて彼は思いとどまる。
そういう反発を覚える事こそ、自分がまだ子供である表れなのかもしれない。
ちょっとだけ考え方を変えてみよう。
それを喜んでくれる相手が居ると言う事は、同じく素晴らしい事だ、と。
「・・・ま、いいや」
「剛?」
「いーの。俺は成長したんですっ!その通りっ!」
「・・・なんか、成長って言うより悟った感があるような気がするんだけど」
それはもしかしたら当たらずとも遠からずなのかもしれない。
坊主頭にしたせい?なんて首をかしげる相手に彼はにかっと笑って返して。
「とにかく、俺は成長したんです!」
と、もう一度高らかに繰り返した。
戦争とか、大義名分とか、正直難しい事は良く分かんねぇよ。
けどさ。
何がわかんなくても、金太の家族を思う気持ちだけは俺にも良く分かったんだ。
だから、色々考えた。
だから、当たり前の世界は幸せなんだって分かった。
だから、俺はこの世界でちゃんと生きてかなきゃなって思ったんだ。
「長野くんさぁ」
「うん?」
ひと際強く吹いた風が、少し乱暴に二人の髪を揺らす。
太陽の光に反射して、チカチカと彼のゴールドのピアスが光を放った。
「今、幸せ?」
「えぇ?」
唐突な事聞くなぁ、と相手の優しい双眸がぱちくりと瞬いた。
それに対して、彼はちょっと眉をしかめる。
問いが思いがけず真剣身を増して響いてしまったので、しまったと思ったのだ。
それを見抜いてなのか、なんなのか。
相手は即答ではなく逡巡の間をおいて、大分ゆっくりと言葉を紡いだ。
「そうだなぁ・・・」
考え込むような一拍と、わずかな沈黙。
それに一瞬、彼の中に不安がよぎる。
けれどもやはりいつも通りの柔らかく優しい微笑みを浮かべた相手は、ちょっとだけ悪戯な瞳で。
「頼りないお父さんとでっかい子供たちに囲まれて、お母さんは毎日楽しくて幸せですよ?」
なんて、ウインク一つ飛ばして大らかに笑った。
・・・どうやら。
やっぱり彼よりも、相手の方が何倍もうわてらしい。
「・・・なんつーか、長野くんだけはどんなことがあっても逞しく生きて行けそーだよなぁ~」
「お前ねぇ、それって褒め言葉のつもり?」
「すんげぇ褒め言葉じゃん」
「・・・まぁいいけどね」
「あ、じゃあ長野くんと一緒に居れば俺も生き残れるかもじゃん!」
「お前自分の力で生きて行こうって気はないのか?」
「・・・うひゃひゃ♪」
「誤魔化し笑いかよ!」
「うひょ♪」
当たり前だけど、当たり前じゃない世界。
何気なく目の前にあるけど、本当は大事な日常。
大切な人たち、大切な場所。
頭の上を。
青い空の中を。
真っ白な雲が流れてく。
世界はいつも当たり前で特別なものを孕んで、俺の目の前にある。
END.
またもやいつの話ですか、って言う感じなんですけれども。(笑)
2005年に森田さんが出演なされたドラマ「零のかなたへ~THE WINDS OF GOD~」を見た直後に書いたものだったりします。
でも友に見せたところ非常に不評だったために長らくお蔵入りになっておりました。(笑)
それを少々手直ししまして、ようやくOKを頂けたのでアップとなりました。
そう言えばこの二人だけで話を書くのは初めてですな。
楽しんで頂けたら嬉しいっス♪
2006.08.28.Monday
2017.01.01 / マルチデバイス対応化。