2005年10月上旬。
某レコーディングスタジオ屋上。
「なんだよ、先客がいたのか」
「お先にお邪魔してま~す」
アルバム発売を目前に控えて、6人集まっての録音もいよいよ大詰めって日。
午後4時前のスタジオにはまだメンバーが全員揃っていなくて、時間つぶしのために足を運んでみた屋上にはすでに先客が居た。
・・・と、言うか本当はこいつがいるのは最初から知ってたんだけどな。
ぴこっと片手を上げた先客…長野がちょっとだけ笑って言った言葉に苦笑で返して、俺もその隣に歩み寄ってぴこっと手を上げた。
「お隣お邪魔しまぁ~す」
「うわ、その言い方かなり気持ち悪いよ坂本サン」
「あぁ~らお客さんこちら初めてぇ~?」
「続けるしさぁ」
くだらねぇ~なんて笑う長野の隣で俺もついつられて笑う。
こういうどうでもいいやり取りが出来る相手って実は貴重だと俺は思う。
「健あたりがやるんならまだ可愛げがあるけど、坂本くんがやったんじゃ可愛げも何もないよ」
「おん前なぁ~そう言う事言うヤツにはせっかく買って来てやったホットミルクティーあげるのやめよっかなぁ~」
実は今まで後ろ手に隠してたミルクティーの缶を、長野の目の前で左右に振る。
それは静かにちゃぷんちゃぷんと音を立てた。
「えぇ?ちょっとそれは大人げないでしょー坂本くん」
「俺が飲んじゃおっかなぁ~」
「甘いの嫌いなくせに?」
「そうでした。ほら」
最初からやるつもりで買ったわけだし、長野の言う通りこんな甘いもの俺は飲めないし。
だからあっさりとその缶を長野に手渡した。
それを長野も分かってるから、小さく笑ってから素直にありがとうと言って受け取る。
「お。結構あっつい」
「だって買いたてだもん」
「だもんとか言うなよぉー34サイ」
「お前が俺の歳を引き合いに出すんじゃねぇよ。一つしか違わないでしょーよ長野クン」
「その一つが俺と坂本くんを大きく隔ててると思うんだよねぇ~」
缶のプルタブを押し上げながらのほほんと言う長野。
・・・コイツ、痛い事言いやがる。
そりゃー俺はお前と違ってそうタフじゃないし、見た目も老けてるよ!!
とは言え長野相手には強く出れないのが俺の悪いところで。
「・・・頼むから仲良く年取って行こうよ」
「そんなこと頼まれてもなぁ~夫婦じゃないんだからさ」
「お前は俺の女房役だろー」
「ちょっとちょっと、いつの間にそんなの決まったんだよ」
「カミセンがそう言ってた」
「えぇ?」
あ、コイツ信じてねぇな?
けど俺は一つも嘘なんか言ってねぇぞ。
本当にあいつらが言ったんだ、『坂本くん、長野くんって言う女房役が居て良かったね』って。
・・・なんか、あいつらにそう言うこと言われるのも微妙な気分なんだけど。
「女房役ねぇ。まぁ長い付き合いだからねぇー」
「だよなぁ」
白い湯気が立ち上るミルクティーにふーふーと息を吹きかけながらしみじみとそう言う長野。
俺も自分用に買ってあったコーヒーの缶を上着のポケットから取り出してプルタブを押し開けた。
それを一口飲んだあたりで、長野が何かを指折り数え出す。
「えーと今年がデビュー10周年だから・・・もう18年になるのかな、俺たちの付き合い」
「へぇ、もうそんなか。そう考えるとマジで長いな」
「本当だよね。もうすぐ20周年だよ」
「つーことはお前とはもう人生の半分以上一緒にいるってことか?」
「そう言うことになるね」
「なんかそれってすげぇな」
「尋常じゃないよねぇ」
・・・って、嫌そうな顔して言うんじゃねぇよオイ。
さすがの俺でも傷つくぞ、コラ。
「まぁでも、変わんないねー俺たちもさー」
「そりゃそう簡単には変われねぇよ」
「変わってるのは外見くらい?」
「要するに老けたってことか?」
「イエス」
「嬉しくねぇ変化だな~」
「あはは」
そりゃー出会った当初から考えりゃ老けたのも当然だけどな。
なんたって出会いは十代だろ?
・・・お互い年取ったよなぁ、そう考えると。
「18年の歳月は坂本くんから色んなものを奪っていったよね・・・」
「って遠い目して何言ってやがんだ。お前だって所詮は同じ穴の狢だろ」
「だって俺は坂本くんほど変わってないもん」
「もんとか言うなよ33サイ」
「坂本くんより似合うから問題ないもん」
「・・・・・」
言われたことをそのまんま言い返したらさらに言い返されてしまった。
・・・まぁ否定はしないけどな。
確かにお前はそういうキャラだよ、うん。
「何無言で納得してんの」
「まぁ、うん、お前はそれでいいよ」
「なんか奇妙な目して肩叩くのやめて欲しいんだけど」
気持ち悪いなぁ、とか言う長野の一言は俺の精神衛生上聞かなかった事にして。
誤魔化すようにもう一口、冷め始めてる缶コーヒーを煽ったら、なんとなく視界に入った空がすっかり茜色に染まっていることに気づいた。
「おぉ、綺麗な夕焼けだな」
「え?あーほんとだ、いつの間に。なんか最近ぐっと日が短くなったよね~」
「だよなぁ。もう5時くらいになると真っ暗だろ」
「そうそう」
もう冬も目の前かぁと笑う長野にそうだよなぁと言って返す。
冬といえば、俺たちの10周年記念コンサートのスタートももう目前に迫ってるんだよなぁ。
あとひと月で、俺たちはとうとう10年目の記念日を迎えるわけだ。
もう10年か・・・
見事な夕焼けにそんな感慨をひとしおにしていたら、くふふと笑った長野がやたら楽しそうに言った。
「なにやら青春ですなぁ坂本サン」
「あぁ?」
「ほら、夕焼けって言うとなんか青春って感じがしない?」
「あー俺らの世代だとスクールウォーズだよな。夕日に向かって走れ!!みたいな」
「えー何それ俺分かんな~い」
「なっ!?・・・お前なぁーそう言うこと言うんじゃねぇーよ」
「あはははは」
一つしか違わないくせに何かと人を年寄り扱いしやがって。
明日は我が身だろうが、コラ。
そんな文句をぶちぶちと呟いていたら、今度はどこかふにゃりとした印象の笑みを長野が浮かべた。
それは夕日に照らされて、なんとも言えない表情を形作る。
「ねぇ坂本くん」
「あ?」
「・・・俺たちはあと何年、こうしていられるんだろうね」
突然の問いかけだった。
そして俺はすぐに答えを返すことが出来なかった。
・・・つーか、答えられねぇだろ、こんな質問。
一秒先の未来だって、俺たちに予測出来る事は一つも無いんだから。
「さぁ・・・どうだろうな」
苦し紛れにはぐらかすような答えを返したら、長野は不満そうな顔。
それに苦笑して、俺はふと思いついた事を口にする。
「ただ、間違いなく何年経ったって俺たちはこのまんまじゃないか?」
そう。
今の俺に言えるのは、きっとそれが全てだ。
**********
2010年11月下旬。
某テレビ局屋上。
「意外と、頑張れば叶うもんなのかもな」
「え?」
気づけばあれからもう5年の月日が経っていた。
俺たちは無事デビュー15周年を迎え。
結局のところ、今でも相変わらずの毎日を送っている。
「60歳になって全員でバク転するっていうヤツ」
「いや・・・それはちょっとどうかと思うけど」
隣で苦笑いするこいつも相変わらずで、あの日と同じく俺の買ってきたミルクティーをすすっている。
今年はあの年よりも暖冬で、この時期になってもまだミルクティーの湯気と吐き出す息は白く立ち上らない。
俺たちが変わるよりも地球が変わるほうが先なんじゃないかって、笑えない話が頭に浮かんだ。
「まぁでも、やっぱり俺たち次第なんだろうね、何事もさ」
「ん?」
「俺たちがやろうと思うなら、出来ない事はないんだよ、きっと」
あの日浮かんだ不安は、いつだって俺たちに付きまとうものだろうけど。
『多分』ではなく『きっと』と、力強く言い切る長野は、あの日よりもずっと頼もしい顔をしている。
今ならば、あの日返せなかった答えを返せるだろうか。
なんだか変にむずがゆい気持ちになりながら、俺は思い切って言ってみることにした。
「お前さ、あの日聞いただろ。俺たちはあと何年こうしていられるかって」
「あぁ、うん」
「正直今でも分からないし、いつまでもずっと、なんて楽観的に答えられる年齢も通り過ぎた。それでも・・・」
それでも、俺は。
「俺たちが望むなら、いつまでだって続くものだと思う。当たり前になったこの日常が」
それは答えと言うよりも、願いに近いものなんだろうけど。
「うん」
それでもその答えで、長野は満足そうに笑ってくれたから。
ほっと息を吐いて、それから空を見上げる。
いつの間にかそこにはあの日と同じ茜色が広がっていた。
「あーそれともう一つ」
「なに?」
「何年経ったって俺たちはこのまんまじゃないか、って言うのは今も思ってるぞ」
「はは。まぁね、それに関しては今後もきっと変わることはないんじゃない?」
何せ20年を越えた付き合いだからね、と嫌味無く笑う長野に頷いて返す。
そう。
今の俺たちは、あの時よりももっとずっと、前に進んでいるから。
「ここまで来たら20周年ももう目前だし、これからもよろしくお願いします、リーダー」
「こちらこそ、よろしくな、相棒」
改めて交わした挨拶の後、思わず笑い合った俺たちを。
あの日と変わらない夕日が静かに照らしていた。
END.
※TRASHブログより移動。以下原文ママ。
十五周年記念日に微妙に間に合わなくて掲載を断念したツートップ小説。
実は前半を十周年の時に、後半を十五周年の時に書いていたりします。
つまり十周年の時には見つけられなかった答え(オチ)が十五周年の時に見つけられたと。(笑)
余談としては、『天高く長野肥ゆる秋』と言う坂本さんの発言を入れたかったんですけど断念しましたって言う話があったりなかったり。(笑)
2011.05.19 / TRASHブログアップ。
2014.06.06 / 小説ページへ収納。
2017.01.01 / マルチデバイス対応化。