「ほい」
「あ、ありがとう」
テレビ局の休憩スペースで、二人は短い空き時間を利用したティータイムに入った所だった。
壁に沿って置かれた背もたれのないイスに腰掛けた長野に、紙コップを二つ持った坂本がその片方を差し出す。
長野が礼を言って受け取ったそれは、白い湯気をゆらゆらと立ち上らせていた。
紙コップの中身は、白っぽい薄茶色をした熱々のミルクティーだった。
「それで良かっただろ?」
イスには腰掛けず立ったまま、そのすぐ隣の壁に背を預けた格好で坂本が問いかけてきたので、長野は上目遣いにいつものやんわりとした微笑みを浮かべて頷く。
「うん。疲れてる時はやっぱり甘いものだよねぇ」
そう言ってから坂本が持って来てくれたミルクティーを一口飲むと、温かさと甘みがじんわりと口の中に広がった。
ほっ、と息をつく。
そしてミルクティーの甘みの度合いが今の自分が欲している甘さにぴったりだった事に気づいて、さすがだなぁと長野は軽く舌を巻いた。
今さっき、それを言葉に乗せるまで、疲れた素振りなど一度も見せた事はなかったはずなのに、長野が疲れている事など坂本は先刻承知だったらしい。
やはり長年の付き合いがある相手は侮れないものである。
そんな長野の思いを知ってか知らずか、どこかとぼけたように、こちらはブラックのコーヒーをすすりながら坂本が聞いてきた。
「疲れてたのか?」
分かってるくせに良く言うよ、とは思っても言葉にはしない。
「まぁね。でもようやくドラマの方の撮りも終わったし、これでしばらくはのんびり出来るかな」
肩の荷が下りた、とでも言うように肩をすくめながら言ってみせると、坂本はコーヒーを口に運びながら、そりゃあ良かった、と薄く微笑んだ。





**********





そんな会話の後はどちらとも何かしらの話をしようとはせず、しばらくの沈黙が二人の間に落ちていた。
けれどその沈黙は重いわけではなく、ごく自然なもので。
疲れた体に染み込むミルクティーの甘みのように、今はただひたすらに、長野にとっては心地の良いものだった。
だから。
「ねぇ、坂本くん」
「ん?」
「俺今、すっごい寝たいかも」
「あぁ?」
何を急に突拍子もない事を、と坂本が壁から背を浮かせかけた所に、長野は体を傾けてこてん、と坂本の方に体を預けた。
ちょうど坂本の腰骨の辺りに長野の頭がくる。
「お〜い長野さ〜ん?」
そんな長野の行動は坂本には意外に映ったのであろう。
少し戸惑ったようにそう声をかけてくる彼の声は心配が滲んでいて優しい。
それに微笑みながら長野は思う。
この人だから、疲れた時に寄りかかれるんだろうなぁなんて。
あまりにくすぐったい話なのでそれを言葉には出来ないけれど。
「長野〜?」
呼びかけに返事がないのでますます心配になったらしい坂本が顔を覗き込もうと腰を折ってきたので、長野は少し顔を上げてからにこり…と言うよりにやりと言った顔で笑った。
「あーなんかリラックスし過ぎてお腹減って来ちゃったなぁ〜」
「…って、お前は結局それかよ」
心配して損した。
一瞬面食らったような顔をした坂本が、気の抜けたような声でそう言う。
「いいじゃない、食はもう俺のライフワークみたいなものだもん。あのさ、収録終わったら付き合わない?」
一軒目を付けてる店があるんだよね、と長野が言えば苦笑した坂本が答えを渋る。
「お前に付き合ってると太るからな〜」
「坂本くんはもうちょっと太った方がいいって」
「お前なぁ、中年は腹に来るんだぞ?みっともないだろ、腹に肉が付いたアイドルなんて」
その坂本の一言に長野はついそれを想像してしまって、一瞬の後一人大爆笑を始めた。
「…ながのぉ〜」
「あははは!ご、ごめん…でもそれもいいんじゃない?新しくて」
「いや、良くねぇだろ」
坂本が余りにも真顔で言うものだから、それが余計に長野の笑いを助長してしまう。
「あはははは!」
「お前ねぇ…」
呆れて坂本がため息をつく。
どうやらしばらく長野の笑いは収まりそうになかった。





**********





「っと、そろそろ時間だな。行くぞ」
「うん。あ〜笑った。坂本くんのおかげで有意義な休憩だったよ」
「そりゃ〜ようござんしたっ!」
「あははは」
ようやく長野の笑いが収まった所で、腕時計を見て言った坂本の言葉に長野が腰を上げる。
15分程度の休憩時間だったのだが、随分と休まった気がした。
坂本はなんだか憮然とした顔をしているが、まぁ気にしないでおこうと長野は思う。
…それはちょっと酷いような気がするが。
「長野?行くぞ?」
「あ、うん」
先に歩き出した彼に慌てて駆け寄る途中、長野はふと思いたって、彼の背中に向かって静かに呟いた。
「感謝してます、リーダー」
その言葉は密やかすぎて坂本には聞こえなかったらしい。
しかし何事かを言われた事には気づいた坂本が軽く振り返って問いを口にする。
「ん?何か言ったか?」
「え?ううん、別に」
「そうか?」
「うん」
その感謝の言葉は届かないままでいいと長野は思った。
だって言葉は届かなくても、きっと気持ちは届くものだろうから。
なんたって19年目突入の付き合いだし?
そう思って、彼は静かに笑ってから小走りに坂本の隣まで来ると、冗談混じりに。
「例え坂本くんが中年太りしても俺たちは永遠にV6だから安心してね」
と笑った。





END.





≫Kohki's Comment
前回のトニのなんでもない話(屋上のヤツ)とは書き方が全然違いますが、でもやっぱりなんでもない話のような気がしたのでなんでもないシリーズパート2と言う事で。(笑)
DVDを見ていたら何故か久しぶりにツートップが書きたくなったので思いつくがままに書いて見ました。
やっぱりこの人たちは俺の中でこんな形に納まるらしい。
なんでもない上にいつもどおりな話ですが楽しんで頂けたら幸い。

2006.03.06.Monday

Background Photo:ミントBlue