ぽかぽかと表現するにはちょっと暑すぎる、そんなある7月の初旬。






都内某所ビル屋上。

「うぁ〜〜〜じめじめむしむしするぅ〜〜〜!!」
「まぁ夏やからなぁ」
「あっつい〜〜〜!!」
「まぁ夏やし」
「汗でべたべたする〜〜〜!!」
「まぁ夏やもんなぁ」
「・・・・・」

おいおいお前、いくらなんでもその返し方はないんじゃないのかい?

屋上の鉄柵に背中を預けて一人涼しい顔をしている岡田に、同じく鉄柵に腕とアゴを乗せてぐったりとした格好の健は不満顔で低く(と言っても彼の声ではそう低くはないが)吐き出した。
「・・・岡田のバカ」
「ってえっ!?なんや急に?」
「お前俺の話聞いてないだろ」
「いや、聞いてるって。ちゃんと返事返してるやん」
あれがまっとうな返事だとしたら、カミサマこいつのボキャブラリーは一体どうなってるんですか?
思わずそう神に問いかけた健は、唇を尖らせて岡田の腕を軽くつねってやった。
「いてっ」
「もーいーよ岡田のアホー」
「・・・なんで俺こんなに罵られてんのや」
ちゃんと答えたのに理不尽な、と眉をしかめる岡田は放っておいて、健はご機嫌斜めのままぷいとそっぽを向いた。
眼下には何の変哲もない都会の日常。
忙しく動く車や人の波を見ていると、何故だかそれだけで暑苦しいような気がする。
そう思って空を見上げれば、今度は真っ青な空に燦々と輝く太陽の光が目に眩しい。
じわり、と思い出したように汗が浮かんだ。
「・・・暑い」
「健くん、だったら中に入れば・・・」
「うっさいなーデコパ」
「デコパ・・・」
「俺は夏を感じたいの!」
また突拍子もないことを。
口にこそしなかったけれど、明らかに岡田の顔はそう語っている。
そんな彼には構わず、健はまた空を仰いだ。
緑が減り、その代わりにビルが立ち並ぶ都会には、夏の風物詩とも言えるセミの声はそう聞こえてこない。
それを寂しく思うが、それでも夏と言うものはここにも確かにあるのだ。
例えば肌を焦がす太陽の光とか。
例えばまとわりついてくるような温度とか。
例えば時折思い出したように懐かしいにおいを運んでくる風だとか。
暑い暑いと騒いではいるが、健はそれらが嫌いではなかった。
むしろどちらかと言えば好きな方で。
ただ今はこうやって岡田相手にそう愚痴ることで鬱々とした気分を払拭しようとしていた。
岡田にとってはいい迷惑だろうが、年下の癖に大人な彼は健の憂さ晴らしに付き合い続けていてくれる。
しかもその『憂さ』の理由を聞かないで。
ありがたいのだが、出来ればもうちょっと気の利いたことを言ってくれよとも健は思う。
理由も言わないくせにそれはちょっと我が侭すぎるだろうか。
「あーほんとにあっつい・・・」
呟きながら、額に浮かんだ玉の様な汗を腕でぬぐう。
それを見かねた岡田がズボンの後ろポケットからハンカチを取り出して渡してくれた。
「あーさんきゅ」
「なぁもう入れば?そんなに汗かいたらシャワー浴びなあかんようになるで」
そんな時間ないやろ?と聞いてくる岡田にそうなんだよなぁと答えながら、健はちらりと腕時計を見た。
確かに次の仕事――健が主役で現在好評上演中の舞台だ――にそろそろ向かわないといけない時間が迫って来ている。
余りのんびりしている時間はないのだ。
「・・・なんかいいことないかなー」
「何?急に」
「岡田、俺にサプライズを運んできて」
「はぁ?」
真剣な顔して何言うかと思えば、と岡田は今度は口にして言った。
それに健はちょっと笑ってから、体を起こして岡田と同じ体勢になり大きく伸びをした。
「ん〜〜〜!やっぱなんでもない!ちょっと言ってみただけ」
「健くん?」
「あ、うっそもうこんな時間?そろそろ行かないとヤバイじゃん!」
誤魔化す様に腕時計を見て大袈裟にそう声を上げる。
それはこれ以上突っ込んでくれるなよと言う予防線だったのだが、果たして岡田は理解してくれるだろうか。
ちらりと隣に視線を動かせば、端正な顔が無表情のままに何かを考え込んでいる素振りを見せていた。
「・・・岡田?」
「いいこと、一個だけあったわ」
「え?」
ぽんと手を叩きふふ、と笑った岡田は持っていたカバンを何やらごそごそとやりだす。
そして目当てのものを見つけたかと思うと、それを健の手のひらの上にぽんと乗せた。
それはちょうど手の中に納まるほどの小さな白い箱で。
「え、何?これ」
「開けてみ」
静かに微笑む岡田に困惑しつつ、言われるがままその箱の蓋に手をかけた。
この箱の中に『いいこと』が詰まってでもいるのだろうか、などと何処か抜けたことを思いながら。
そして。
「・・・わ」
「んふふ。綺麗やろ?」
「うん。すっげぇ綺麗・・・」
驚きに目を瞬かせながら健はその中身をまじまじと見つめた。
蓋を開いた箱の中に入っていたのは、雪の結晶を模った透明なクリスタルのオーナメントだった。
500円玉程度のサイズのそれは、陽の光を受けて箱の中でキラキラと静かな光を放っている。
細かい細工が見事に施された職人芸とも呼べるほどの一品は、夏の空の下で見るとより一層綺麗に輝いて見えた。
「これって本物の水晶?あ、ストラップになってる」
「うん」
「でもこれつけて歩いてたら壊れそうで恐くない?なんか高そうだしさぁ」
「そんなに脆いもんでもないよ。値段もそこまでしないし」
「へぇ。あ、でなんでこれがいいことなんだよ。確かに綺麗だけどさ」
首をかしげながらの健の言葉に岡田はちょっと笑って、箱を返そうと差し出した健の手をそっと押し戻した。
「あげる」
「え?」
「プレゼント」
「え?なんで?」
そう問い返せば意外そうな顔をした岡田がもしかして・・・と大きな両目でじっと健を見つめてくる。
「健くん今日が何の日か忘れてる?」
「え?今日ってなんかあったっけ?」
「ぷっ。なるほどなぁ。それどころやないって感じか」
ドキリ。
図星をさされたような気がした。
もしかしてコイツは『そこ』に踏み込んでくるつもりなのだろうか。
けれども健の心配をよそに一人納得顔の岡田は、優しい微笑みを浮かべ健の手の上の箱を指先でとんとんと軽く叩いた。
「プレゼント、って言うたらいつ貰うもん?」
「え?えーとそりゃクリスマスとか誕生日とか・・・って、あ!」
「はい、よく出来ました」
含みのある笑顔でそう茶化して言う岡田。
そんな彼の出した連想ゲームによって、健はようやく今日が何の日であるのかを思い出した。
そしてどうして彼がプレゼントをくれたのかも。
そう言えば今日は7月2日。
7月2日といえば・・・

「俺の誕生日だ・・・今日・・・」

その答えに満足したように岡田が笑った。
・・・まさか自分の誕生日を忘れているとは。
それほど余裕がなかったのか、と健は自分で驚いてしまった。
「そういうわけで誕生日プレゼントです。めっちゃ綺麗やったから衝動買いしたんやけど、健くんなら気に入ってくれるかなと思って。それに暑い暑い言ってたし、涼しげでええやろ?これ」
「・・・うん。ありがと」
岡田の心遣いに照れくさいとは思いながらも健は素直に感謝の言葉を口にする。
箱の中できらきら輝く、夏空の下の雪の結晶。
指先でそれに触れると、ひんやりとした温度が伝わってきた。
「いいこと、あったやろ?」
「・・・うん」
素直に頷けば、ふわっと笑った岡田が優しい声で言う。
「きっとこれから、もっとたくさんのいいことあると思うで」
「え?なんで?」
「たくさんのおめでとう、貰える日やろ?今日は」
そう言われて浮かんだのは、舞台に立つ自分の姿。
満員の客席。
スタンディングオベーションに沸く会場。
そして、お客さんたちの幸せそうな笑み。
「・・・うん、そっか。そうだよな」
忘れていた。
陰鬱としている場合なんかじゃない。
自分にはやることが、やるべきことがたくさんあって。
そして。
『いいこと』は、いつでも自分の近くにあったんだ。







それじゃあ、ほんのちょっとの小休止はこれでおしまいだ。












何がどうと言うわけでもなくて、でもなんとなく気分が晴れなくて。

それでも日々は続いていくから、どうにもやるせない気持ちになった。

夏の空。

照りつける陽は暑いけど、

汗と一緒に自分の中のもやもやを流しだしてくれるような気がして、だから頼ったんだ。

岡田がそれに付き合ってくれたのは意外だったけれど、

案外コイツは俺のそんな気持ちを最初から感じ取っていたのかもしれない。

だからこんなプレゼントまで用意して、側に居てくれたんじゃないかと思うんだ。












「それじゃあ行くかー」
もう一度体を伸ばして、健が先までとは違い晴れ晴れとした顔で歩き出した時。
不意に岡田の声が背中に投げかけられてきた。

「頑張れ、『サトル』」

・・・全く、こいつは憎いことを言う。
『サトル』と言うのは健が今やっている舞台での彼の役名だ。
普段他人の舞台に興味のないような顔をしておいて、こう言う時だけはしっかりと勉強してきている。
抜かりのないヤツめ。
しかし応援されたならば答えるしかないじゃないか。

「・・・まかしとけっ!!」

勢い良く振り返って親指を立てて、にっかりと笑ってみせる。
その先の岡田は満足げに優しい微笑みを浮かべていて。





「誕生日おめでとう」





・・・そのタイミングはズルイと思う。
不覚にも涙が出そうになってしまった。














今日の舞台はこっそりポケットにこの『サマースノー』を忍ばせておこうか。
ほんの少しの小休止に付き合ってくれた、年下なのに大人な彼に、

感謝を込めて。













END.











◆そしてオマケ。

-Side Junichi Okada.

「それじゃあ行くかー」

来た時とは対照的に、英気を養った健は足取りも軽く扉の方へと歩き始める。
その背中に投げかけるように岡田は静かに笑うと、健に聞こえないように密やかに呟いた。
「健くんは意外に強情やからな」
年下の岡田相手には特にそれが顕著に現れていて、健は岡田の前では絶対に弱音を吐かなかった。
それでいいと思う。
それがいいと思う。
それが自分たちの正しい距離なのだと岡田は知っているし、居心地の良さも感じていた。
要するに健はお兄ちゃんでありたいのだ。
唯一年下である、岡田の前では。

「頑張れ、『サトル』」

今度は健に聞こえるように、そう口にした。
『サトル』と言うのは健の舞台での役名だ。
それくらいの勉強は今日ここに付いて行く事にした時にしておいた。
これが今の健に自分がしてあげられる最大限の応援だと岡田は自負している。
そして案の定。

「・・・まかしとけっ!!」

勢い良く振り返った健がぐっと親指を立ててにかっと笑った。
どうやらもう大丈夫そうだ。
安心を確信した岡田は、元気を取り戻した健に優しい微笑みを返してやった。


「誕生日おめでとう」



END.













◆Kohki's Comment.

そんなわけで今更ながら三宅さん誕生日祝小説でございました。
日記に書いた例のボツになった小説がこれです。
後半を直してなんとか友からOKを頂き自分でも納得したのでアップしてみました。(笑)
登場コンビは三宅さんと岡田さんで。
この二人だけで書くの二回目か?実は好きなコンビなのかもしれない。
えーと、これ7月2日の舞台設定となっておりますが、色々と嘘があります。(笑)
まぁそこんとこはフィクションと言う事で目を瞑って頂けたら幸いです。

2006.08.10 up
Background : yam's make