おめでとうの言葉も
プレゼントもいらないから
ただ、その日だけは
みんなそばにいて。
――― ワガママ、かな。
雑誌撮影が終わった昼過ぎのスタジオ。
暗く灯る携帯のディスプレイをぼんやりと眺めて、健はそう思った。
画面の中の、温度の感じられない機械的な文字が綴るメッセージ。
『悪い!今日は収録遅くまでかかりそうで行けないわ』
本当に悪い、とのメールは剛から。
『今日からドラマの撮りで地方入りになってもうた。ホンマごめんな…』
申し訳なさそうに謝っている姿が見えるような岡田のメール。
「…なんで今日に限ってみんな仕事なんだよぉ」
ぱたんと閉じた折りたたみ式携帯の、サブディスプレイの日付表示は7月の2日を記している。
そう。
今日は他でもない、健の25回目のバースデーだった。
それなのに、トニセンの三人は揃って昨日から番組ロケで地方に出張中。
なのでせめてカミセン三人で集まって祝おうと言う話になっていたはずなのに、今入ってきたメールを見れば二件ともに「今日は会えない」との内容で。
25年生きてきた中で今日は一番不幸な誕生日だ、と健は瞳を曇らせた。
「あ、三宅さんお疲れ様です」
「…お疲れ様」
「?」
顔見知りの男性スタッフが、撮影を終えて帰り支度をしていた健に気づいてそう声をかけたが、あまりにも沈んだ声が返ってきたので不思議そうに首を傾げた。
「…何かありました?」
「…ありまくり」
ぶすくれた顔を隠しもしないでそう言った健に苦笑して男性スタッフはそういえば、と言葉を繋ぐ。
「今日確か三宅さんの誕生日でしたよね?おめでとうございます」
「…ありがとぉ」
ありゃりゃ?
誕生日、との言葉に明らかに反応して、しかもさらに拗ねるような顔になった健を見て彼はしまったと心の中で舌打ちした。
健の不機嫌の理由が彼の誕生日にあることに気づいたのだ。
これはどうしたもんかと悩んで視線を泳がせてみれば、しゅんとした顔の健と目が合う。
…う。
「…えーと…」
「…みんな仕事なんだって」
「え?…あ、あぁV6のみなさんがですか?」
「そう」
みんな、と急に言われた言葉に即座にその「みんな」が誰なのかに気づけなかった男性スタッフは、一瞬の間を置いてからようやく答えに行き当たり、ぽんと手を叩いた。
不機嫌丸出しの顔で頷いた健にそういうことかと納得する。
「最近皆さん忙しいみたいですしね」
「…みんなが忙しいのは分かってるんだけどさ、何も今日に限って全員仕事じゃなくたっていいじゃん」
完全に不機嫌モードな健にかける言葉が見つからなくて、男性スタッフは困ったように頭をかいた。
確かに自分の誕生日の日に祝ってくれる相手が誰もいないのは寂しいかもしれない。
そう思いながら。
「別におめでとうって言って欲しいとか…プレゼントが欲しいとかそういうわけじゃなくてさ…」
「はい?」
健がぽつり、と呟いた独り言のような言葉にそう聞き返してからじっと耳を傾ける。
そうしなければ聞き逃してしまいそうなほどに小さい声だった。
「俺、ただみんなが一緒に居てくれればそれでよかったんだ」
「……」
「誕生日だから…特別な日だから。だから今日だけはみんなと一緒に居て笑ってたかったのに」
なのにみんなが傍に居ないんじゃ笑えないじゃんか。
そう言って顔を歪めた健の言葉に限りない寂しさを感じ取って、男性スタッフは困ったように眉根を寄せる。
…あんまり、こういうのは得意じゃないなぁと心の中で苦笑しながら。
「…三宅さん」
「…何?」
俯き気味だった顔をあげて、自分の名前を呼んだ自分より大分背の高い男性スタッフを見上げる。
彼の顔に浮かんでいたのは、困ったような、でもどこか優しい微笑み。
「ハッピーバースデー」
「え?」
そう言って差し出された一枚の封筒。
意味が分からずにそれをじっと凝視して首を傾げていると、男性スタッフは笑って開けてみてください、と言った。
その言葉に素直に従い、封筒を受け取り開けてみると中に入っていたのは短く文章の書かれた一枚の手紙で。
その筆跡と内容に驚いたように顔を跳ね上げる。
「やっぱり、大事な人の誕生日はその人に笑っていて欲しいですよねぇ」
「!!」
意味深な言葉に、しかしそこに隠された真実に気づき、健は一目散に駆け出した。
が、言わなければいけない言葉を言い忘れていたことに気づきすぐに足を止めてくるりと振り返る。
「ありがとっ!!」
短い感謝の言葉と、とびっきりの笑顔。
それに対してどういたしまして、と満足げな笑顔が答えている。
へへ、と笑って逸る心を抑えながら健はまた駆け出した。
手紙に書かれていた、短い文章の通りの場所を目指すために。
『屋上に来るべし!』
そうとだけ書かれた(というか書き殴られた)手紙の筆跡は、確かに見慣れたもの。
他でもない、剛のものだ。
「おーそーいー!!ったく!!」
なかなか来ないエレベーターを待ちきれず、階段で行く道を選んで息を切らせながら一気に駆け上がる。
屋上までの数階分が嘘のように長く感じる。
ドキドキする心臓の音は走っているからなのか、それとも屋上で待っている『サプライズ』に対してなのか。
とにかくようやく辿りついた屋上のドアを、健は思いっきり押し開けた。
「――― っ!」
一瞬。
強い日差しが健の視界を遮り、反射的に瞳を閉じる。
その瞬間に大きく響き渡る、楽しそうな声。
『ハッピーバースデー健!!!』
「…なんだよ、みんなしてぇ」
目を開けずとも分かった。
そこに誰がいて、今どんな顔をしているのか。
ゆっくりと、期待に満ちて行く鼓動を感じながら瞳を開く。
ほら、やっぱり…
「…そろいもそろってニヤニヤすんなよ」
そんな照れ隠しの健の言葉を受けて、屋上で笑う人影が五つ。
「素直じゃないなぁ健ちゃんは〜」
語尾にハートマークでもつきそうな声で、いつも以上の明るい笑みを浮かべるのは井ノ原。
「健くん嘘ついてごめんな!」
どうやらずっとそれが気にかかっていたらしい。
申し訳なさそうに両手を合わせるのは岡田。
「健をびっくりさせようと思って随分前から打ち合わせとかしてたんだよ」
コンサートでもここまで話し合いしないよねぇと柔らかく微笑んだのは長野。
「上手く行って良かったよなーわざわざ共犯者まで立てたんだし」
うひゃひゃと笑ってあの男性スタッフの事を言ったのは剛で、
「とにかく、んな所に突っ立ってないでこっち来いよ、ほら」
そう優しく笑いかけて健の腕を引っ張ったのは坂本だ。
「ってことは坂本くん!トニセンの地方ロケも嘘だったのかよっ!!」
「あぁそれは本当。直前にスケジュールに組み込まれてマジあれは焦ったな」
疑問の声を上げる健の腕を引きながら、苦笑混じりに微笑む坂本とそれに同意するように苦笑を漏らす長野と井ノ原。
トニセンの地方ロケは本当に直前になってスケジュールに組み込まれ、危うく今回のサプライズは失敗に終わるかと言う所だった。
しかしそこは伊達に年を取ってはいないベテラン年長チームトニセン。
本来ならば二日かかる撮影を、スタッフに無理を通して一日で切り上げ(それでも深夜…と言うか明け方までかかったが)こうやって帰ってきたのだ。
三人のチームワークと手際の良さにスタッフは舌を巻いていたとか。
「じゃあ剛は?」
四人の傍まで近づいて坂本の手が離れたので、とてとてと剛の元にやってきた健が顔を覗き込むようにしてそう問いかける。
岡田は嘘をついていたと開口一番に言ったが、剛はどうだったのかまだ聞いていなかった。
「あ?俺?」
今度は自分に向けられた質問に剛は口の端を上げて首を軽く傾ける。
「俺はお前と同じ。今日は午前中だけの仕事のみ」
にひっ、と悪戯に笑った剛にお前もかよ!と健は口を尖らせた。
「ほら、そこで睨み合ってないで早くこっちにおいで」
子供のケンカを諫める母親のような優しい声で長野が言ったので、健は大人しく頷き長野が手招きする場所まで足を運ぶ。
そこには屋上に置くには不釣合いな白いテーブルクロスの引かれた大き目のテーブルに、シャンパンの注がれたシャンパングラスが並べて置かれていた。
健がテーブルの前まで来ると「それじゃあグラスを持って」と長野が全員に向かって言う。
六人がグラスを持ったのを確認して、こほんと咳払いをする井ノ原に全員の視線が集まった。
「えーそれでは改めまして…」
「井ノ原、その挨拶は長いのか?」
「坂本くん!ボケる前に突っ込んじゃいやっ!!」
結婚式のスピーチでも始めそうな勢いだった井ノ原の言葉を遮って坂本が冷静にそう聞いてきたので、井ノ原はハンカチの端を噛んで恨みがましい声を上げるどこぞのマンガに出て来くるようなリアクションを返した。
そんな彼に一斉に上がるひたすら楽しそうな笑い声。
…うん。
俺が欲しかったのはこれだよ。
満足そうに健が微笑んだのをこっそりと盗み見て、坂本は井ノ原の代わりにグラスを持ち上げ乾杯の音頭を取った。
「それじゃ、健の二十五回目の誕生日に乾杯!」
『かんぱ〜い!!』
それ俺のセリフなのにぃ〜と情けない声を出した井ノ原は無視して、五人はカチャンとグラスを合わせる。
澄んだ音が気持ちよく晴れ渡った青い空に響き渡った。
「じゃっじゃじゃ〜ん!今日の目玉商品の登場〜!!」
剛がそう言うなり岡田がよたよたと、しかし慎重に『目玉商品』とやらを大きなトレイに乗せて持って来た。
落としはしないだろうかと内心ハラハラしているのはトニセンの三人。
「めっちゃスゴいで〜!!」
んふふ、と笑って岡田は運んできたトレイの上に被さっている布をせーののかけ声で取り上げる。
「じゃ〜ん!!」
「うお〜!!すっご〜い!!」
布が取り上げられて中身が何なのか分かった途端、健がキラキラと目を輝かせて感嘆の声を上げた。
「ふっふっふ。俺たちの愛がこもった自信作よぉ〜」
「え?嘘、これみんなで作ったの!?」
健の喜びように満足した顔で笑った井ノ原の言葉に驚いて、健はまじまじとその『目玉商品』を見た。
一人ではとても食べきれないような、大きな大きな誕生日ケーキを。
「苦労したでぇ。坂本くんちで作ったんやけどな」
「そりゃもうとんでもなく荒らしてくれたよな、お前ら」
恨みのこもった瞳で見られて健と長野以外の人間はうっと何歩か後退する。
「坂本くんの言うとおりにやれば早かったのに、誰かさんたちが余計なことしたから、随分時間かかったよねぇ」
さらに追い討ちをかけるような長野の『笑ってない笑顔』と発言で井ノ原と剛、それに岡田がまた数歩後退する。
どうやらバリバリ心当たりがあるらしい。
ツートップの連携攻撃にもはや『返す言葉もございません』状態。
「ま、その追求はまた後でやるとして、折角なんだからロウソクつけて健に吹き消してもらいましょう」
「おう、そうだな」
「…後でやるんや」
「…終わりじゃないのかよ」
「自業自得だから覚悟を決めようぜ、二人とも…」
「??」
なんだか今にも泣きそうな三人に健の頭の上を?マークが飛ぶ。
「…なんかよく分からないけど、ま、いっか」
結局、自分に害はないので深くは考えないことにした。
「…それじゃあ改めて」
ケーキにロウソクを刺し、火を灯して。
坂本のその言葉を合図に全員が声を揃えた。
『ハッピーバースデー健!!』
「ありがとぉ!!」
みんなの心からの祝福に健も笑顔で答える。
…やっぱ前言撤回。
今日は25年生きてきた中で最高の誕生日だよ。
こっそりと気づかれないように、目の端に浮かんだ涙を拭いてロウソクの火を一気に吹き消す。
その後には全員の拍手とおめでとうの声が降り注ぐ。
「もー俺ちょー幸せっ!!」
ジタバタと全身で喜びを表す健。
満ち満ちた最高の笑顔に、仲間たちは澄んだ青空の下、満足げに微笑んで今日と言う日に感謝した。
彼が生まれてきてくれた今日と言う日に。
Happy Birthday 健。
生まれてきてくれて、ありがとう。
END.
■COMMENT.
散々書こう書こう思ってなんとか書いたはいいが、アップするきっかけを失ってしまいお蔵入りしていた健ちゃん誕生日小説です。(笑)
来年に回すという手もあったんですが、やっぱり今年書いたものだからねぇ。
今更ながらこの機会にアップしてみました。
いやーなんつーか男性スタッフさん出張りすぎですやん。(笑)
でも他のメンバーじゃこう話がうまく進まないのでこんな形に。
きっと実際彼らはこう集まって祝うなんてことはしていなさそうなので、健ちゃんへのお祝いの気持ちを込めて書いてみました。
少しでも楽しんで頂けたならば幸いです。
2004.09.06.Monday up