こもれびのばしょ。

大丈夫。


結局のところ。
村瀬と青柳の小競り合いは早くも第二ラウンドに突入して、9係の部屋は大いに騒がしくなった。
やはり文字通り二人の間に挟まって仲裁を試みるのは矢沢で、浅輪と小宮山はそれを楽しそうに見守るのみである。
これが日常茶飯事だと言うのなら、9係の日常は随分と騒がしいもののようだ。
そう思って井上は自然口元を緩めた。
こんな小競り合いを繰り返しても、警視庁が誇る検挙率ナンバーワンのチームとして9係が成り立っているのは、そこに確かな信頼関係があるからなのだろう。
賑やかなやり取りを微笑ましく思い、井上は隣の加納に思ったままを伝えた。
「いいチームですね」
「そうかな?」
井上の言葉に加納は緩く首を傾げてみせる。
ただその顔には確かに柔和な笑みが浮かんでいて、それは裏の無い、優しい彩りに満ちていた。
ああ、と井上は思う。
この人はその木漏れ日のような静かな暖かさと光で以って、いつも彼らを見守っているのだろう。
前に出ることなく、後ろに立って。
けれど必要な時には最前に立って戦うことを厭わない人。
「・・・羨ましいな」
思わず口を突いて出た言葉に、寸の間フラッシュバックする記憶。
それは井上の中に大いなる疑念が生まれた瞬間の映像だ。
くっきりと、鮮明に蘇った記憶の残滓は、井上に何とも言えない苦味を与えて。
それに耐えるように知らず強く握り締めた拳に、ぽん、と何かが当たってはっと我に返った。
温かなそれは、加納の手だった。
「大丈夫?」
「あ・・・はい!すみません、大丈夫です。なんでもないです」
慌ててそうは言ってみたものの、どう考えてもそれは言い訳にしか聞こえないだろう。
弁解の言葉を探す井上に、ふっと表情を緩めた加納がもう一度、今度は先よりも優しく井上の手を軽くぽんぽんと叩いた。
「大丈夫」
「・・・え?」
今度は問いかけの形ではなく、言い切られたその言葉。
意味が分からず問い返せば、小さく笑った加納に今度は肩をぽんぽんと叩かれた。
「大丈夫、大丈夫」
繰り返される、穏やかな声での『大丈夫』と言う言葉。
・・・何故だろうか。
それはゆっくりと、井上の中の何かを解かして行くような気がした。
まるで子供をあやすかのような加納の仕草も不快には思えず、触れた手の平からじわりと染み入る体温に、逆に安心を覚えるくらいだ。
「君ならきっと、大丈夫」
井上が抱える何もかもを見透かしたような顔をしてそんなことを言う加納に、不覚にも涙腺が緩みそうになって。
井上はぎゅっと口を引き結び、必死にそれを堪えた。

あぁなんてことだ。
自分はそんなに弱っていたのか。

目の前をじわじわと侵食していく闇に、柔らかく落とされた木漏れ日。
その穏やかなぬくもりに今はただ、守られていたいと。
井上は密かにそう思った。