こもれびのばしょ。

今更ですが。


「そう言えば、井上くんって何者なんですか?」
コーヒーブレイクで室内にまったりとした空気が流れ始めた頃、ふと思い出したようにそう口にしたのは矢沢だった。
よくよく考えてみると、井上は加納以外には「浅輪の友達」だとしか紹介されておらず、そうすると何故ただの友達がこの部屋でコーヒーを一緒に飲んでいるんだと言う話になるわけで。
そう言えばそうだと室内にいた全員の視線を受けることになった井上は慌てて立ち上がると自己紹介をし直した。
「あっ!すみません、自己紹介遅れました。改めまして、警視庁警備部警護課第4係機動警護班隊員の井上薫巡査部長です」
「ながっ!肩書ながっ!!」
「えーと、警護課ってことはつまりSPってことかな?」
「あ、はい。そうです」
青柳の茶々を受け流した矢沢がそうまとめてくれた言葉に井上はこくこくと頷く。
「言われてみれば、確かにがたいがいいもんなぁ」
「小柄だけど、スーツの上着パンパンよね」
つついてもいい?と目を輝かせて言っている小宮山の隣で村瀬はあきれ顔だ。
「すっごいんですよ、薫くんは。SPなのにバンバン犯人逮捕しちゃったりなんかして、超有能なんです!」
何故か自分のことのように嬉しそうにそう報告する浅輪に井上はただただ苦笑するしかない。
本来、SPの職務と言うものは体を張って警護対象を守ることであって、犯人を逮捕する事ではない。
つまり言うなれば井上はSPとしては異分子的存在であり、実際それを上層部に良く思われていない節があった。
なのでこうも素直に称賛の声をかけられると井上としては戸惑うより他ないわけで。
ぽりぽりと頭をかく井上の横で、ソファに座ったままの加納がエスプレッソをすすりながら、へぇ、と気の抜けた声を漏らした。
やはり上司と言う立場にいる加納には、自分のような存在は奇異に映るのだろうか。
そう思って恐る恐る加納を見下ろした井上を、見上げていたのは意外にも、好奇心に充ち満ちた目で。
「すごいね、君」
「・・・え?あ、いや、そんな・・・」
「でっしょー!係長もそう思いますよね!!なのに薫くんは謙虚なんですよねー」
予想外の反応に、返す言葉を探せないでいる井上の背中をばしんと叩いて、浅輪がもうちょっと強気に行ってもいいんじゃね?などと笑って言ってくるもので、井上は益々どんな顔をしていいのか分からなくなってしまう。
「SPが犯人逮捕って・・・それって前代未聞ですよね」
「確かに。聞いたこと無いわよね。ほんとスゴイのね、君」
「ほぉーそんな気概があるなら是非うちの班に欲しいねぇ。誰かさんの代わりに」
「・・・青柳さん、どうしてこっちを見て言ってるんですか?」
「え?なんの話カ・ナ☆」
矢沢の言葉にこくこく頷く小宮山だったり。
早くも第二ラウンドに突入しそうな勢いの村瀬と青柳だったりと。
称賛されこそすれ、非難する言葉は一つも出てこない事に、なんとも言えず気恥しくなり、井上はうっすらと耳を赤くする。
そんな彼を見上げる加納の瞳は温かく、穏やかな優しさに満ちていた。