こもれびのばしょ。

閑話休題。


「はーい薫くんお待たせ〜♪ごめんなー随分待たせちゃって」
「あ、いや、大丈夫っす」
村瀬と青柳の間に矢沢が文字通りはさまって、なんとかかんとか事態を収拾した後。
ようやっと浅輪が淹れたてのコーヒーとエスプレッソを運んできてくれた。
彼が動く度、9係の部屋にふわっと広がるのは、なんとも香ばしいコーヒーの香りだ。
「はい、薫くんはエスプレッソ。で、係長は普通のコーヒーでっす。どーぞ」
「ありがとうございます」
「ありがと」
二人にそれぞれカップを渡した浅輪は、小宮山たちにも手慣れた様子でコーヒーを運んで行く。
9係には事務員が配置されていないようなので、こういう雑用は一番年下である浅輪の仕事のようだ。
ふと自身の課の強烈な印象を与える事務員が脳裏に浮かんで、なんとなく苦笑いしたくなった井上である。
「そうそう、エスプレッソは砂糖を入れて飲むのが本場流なんだけど、薫くんどうする?」
「あ、このまま頂きます」
「そう?」
コーヒーはブラック派である井上は、浅輪の申し出を断り、デミタスカップではなく、普通の白いマグカップに少量注がれたエスプレッソを眺めた。
そう言えば本格的なエスプレッソを飲むのはこれが初めてのことだ。
苦味が強いと言うイメージから黒々とした液体が注がれているのを想像したが、実際カップの中に浮かんでいたのは焦げ茶色のきめ細かい泡である。
ちなみにそれは浅輪曰く、クレマと言うらしい。
「時間がたつと酸味が強くなるから早めにどうぞ」
「あ、はい」
じゃあ頂きます、ともう一度言い置いてから井上はカップを口に運んだ。
井上はそうグルメなわけでもないし、特別コーヒーに詳しいわけでもない。
ゆえに味について事細かに感想を述べる事は出来ないが、浅輪の淹れてくれたエスプレッソは彼が最初に言った通り、確かに美味しかった。
まずコーヒーの濃い香りが来て、次に苦味、そして酸味とコクを舌で感じる。
量が少ない為、三口であっという間に飲み終わった井上がカップをテーブルに置くと、浅輪に感想を伝える前にそれを問いかけてきた人物がいた。
「おいしい?」
…やはり、言うまでもなく。
そう聞いてきたのは隣の加納で、彼は微笑を浮かべてこちらを見ている。
もしかして、飲んでいる間中ずっと見つめられていたのだろうか。
だとしたらなんとも恥ずかしすぎる。
思わず少々頬を赤らめつつ、素直に「はい」と答えれば。
加納は何故か、満足そうな笑顔を浮かべて「そう」とだけ言った。