こもれびのばしょ。

クセモノ揃いの。


三人掛けのソファは思いのほか座り心地のいい硬さで、すっと体に馴染んだ。
しかしながら予想外の相手と同席…それも横並びで座ることになって、井上はなんとなく居心地の悪い思いで居た。
二種類のコーヒーを準備しなくてはいけなくなった浅輪はまだ当分こちらに来てくれそうにはない。
手持ち無沙汰にちらりと隣の加納を盗み見ると、彼はテーブルの上に広げた書類を何枚か手にとって目を走らせている。
捜査資料か何かだろうか、と井上が思っていると、書類から視線を外さないままで加納があっさりと口にした。
「捜査資料じゃなくて、料理のレシピ」
…やはりこの男、ただものではない。
「料理、されるんですか?」
とりあえず場つなぎ的にそう話を振ってみると、うんと頷いた加納は持っていたレシピを井上へと差し出してきた。
どれどれとレシピを見てみれば、そこに書かれていたのは本格的なスパイスカレーのレシピで。
随分凝ったものを作るんだな、と材料の部分に並べられたスパイスを目で追っていたら、二人の会話に気づいたらしい浅輪がコーヒーを作る手を止めないままで笑って言った。
「薫くん、係長はここで良く料理作るんだよ」
「え?ここで?」
「だからほら、うちの部屋は調理器具だらけでしょ」
「確かに、そう言われてみると・・・」
違和感は確かにあった。
9係の部屋は見かけは普通のオフィスなのだが、よくよく見ると棚の上やそこかしこに鍋やらなにやらの調理器具が所狭しと積んであるのだ。
捜査一課の部屋にはおよそ不釣合いな品々は明らかに使い込まれた感じが出ており、誰かが定期的に使用していることは予想できた。
が、まさかそれが9係係長自らが使用しているものだとは。
「料理お好きなんですか?」
「まぁね」
ともすれば鼻歌でも歌い出しそうな調子で返してくる加納に、変わった人だなと井上が頬を緩めたら、それを目ざとく見つけたらしい浅輪がイタズラな笑みになって言う。
「係長、薫くんに変な人だなって笑われてますよ」
「えっ?!」
「変?」
「いや!!別にそんなことは…!」
「料理が趣味ってそんなに変?」
きょとんとした顔で緩く首を傾げて聞いてくる加納に、井上は大慌てでブンブンと両手を振り、そんなことないです!!と繰り返した。
キャビネットの向こうでは浅輪がやたらと楽しそうにあはあはと笑っている。
…なんで笑ってんすかあんたは。
喉元まで出かかった抗議を飲み込んで、井上が苦虫を噛んだ様な顔をしていると。
「戻りました」
「あーもうくったくた!」
対照的な声がそう響いて、室内には一組の男女が入ってきた。
「あ、お疲れっす」
浅輪が気さくにそう声をかければ、眉間にしわを寄せた女の方がぷりぷりと怒って言う。
「もう!主任さんのせいで結局無駄足踏まされちゃった」
「小宮山くん、君ねぇ・・・」
「あ、コーヒー!青年、私の分も入れてくれる?」
「はいはい」
「・・・・・」
完全に男の言葉をスルーした女は常備してあるマイカップを取って浅輪にコーヒーの注文をする。
片や男の方はと言えば、渋い顔をしながらも抗議をするのは諦めたらしく、ただため息を一つついた。
見るに浅輪の同僚なのだろうが、主任と呼ばれた彼と、彼を無視した彼女はなんとも不思議な力関係にあるらしい。
井上がそんなことを思っていたら、横で加納がこっそりと説明してくれた。
「女性の方が小宮山さんで、男性の方が村瀬くん。階級は村瀬くんの方が上だけど、力関係は小宮山くんの方が上かな」
「はぁ」
なんかそんな感じですよね、という言葉は流石に飲み込んだ井上だった。