こもれびのばしょ。

久しぶりの再会に。


その日、井上薫は警視庁前で珍しい人物と顔を合わせた。

「…あ」
「あれ?あっ!」

声をかける前にどちらからともなくぱちりと合った視線。
それでこちらを認識したらしい相手は、途端にぱあっと笑顔の花を咲かせた。
それがあまりに見事だったもので、井上はついつられ笑いをしつつ、久しぶりに見た笑顔の主の名を呼んだ。
「浅輪さん」
「薫くん、すごい久しぶり!」
「お久しぶりです」
答えて返して、ふと『薫くん』と自分を呼ぶ人間は多分この人くらいだよなぁ、なんて思う。
井上はなんとなく緩んだ口元をそのままに、元来細い目をさらに細めながらやたらと嬉しそうに駆け寄ってくる相手を迎えた。
ついその様になつっこい犬を連想してしまいながら。
「ん?なに?何笑ってんの?」
「いや…なんでもないっす。浅輪さんとここで会うなんて珍しいっすね」
「そうそう、ほんとだよなぁ」
井上がさりげなくすり替えた話題にうんうんと大げさ過ぎるくらいに大きく頷く、このいかにも人のよさそうな顔をした青年は浅輪直樹と言って、曲者揃いと噂される警視庁捜査一課9係に所属する刑事だった。
頭の回転が良く、運動神経も抜群の彼は、所轄署から警視庁の花形と言われる捜査一課に転属となった期待の新人で、捜査一課で最も高い検挙率を誇る9係において、その期待を裏切らないだけの活躍をしているらしい事は井上の耳にも入ってきている。
対する井上は警視庁警備部警護課第4係機動警護班所属の隊員である。
いわゆるSP、セキュリティポリスと呼ばれる存在で、要人警護・対人警護を主な仕事としている。
故に同じ警視庁勤務でも仕事内容や仕事場所が全く異なる為、二人がこうやって警視庁前で顔を合わせる事は本当に滅多に無いことだった。
そもそも彼らが知り合ったのも職場ではなく、浅輪の彼女(本人談)が働くケーキショップだったりするくらいだ。
数ヶ月前、合コンを繰り返していた(いや、今でも繰り返しているが)井上が、相手の子が好きだと言うケーキを手土産にしようと足を運んだケーキショップが偶然にも浅輪の彼女(しつこいようだが本人談)が働く店だったのだ。
その日たまたま店にいた浅輪に何故かケーキの説明をされつつ、なんとなく話が盛り上がったので成り行きで自己紹介をしたところ、お互い同じ職場で働く人間と知りさらに意気投合。
その場で携帯番号とメルアドを交換して親睦を深め、そして現在に至るわけである。
「あ、薫くん、今ちょっとだけ時間ある?」
「え?」
急な浅輪の問いかけに、ちらりと見やった腕時計が示していた時刻は昼の二時ちょっと前。
井上はつい今し方遅めのランチタイムから戻って来た所で、多少の時間であればまだ休憩時間の範疇として認められないこともない。
なので素直に頷いて返した。
「少しくらいなら無くもないっすよ」
「本当に?じゃあさ、久しぶりに会ったことだしコーヒーでも飲んで行かない?」
「はい…って、え?飲んで行かない?」
さらりと言われた言葉に井上は一瞬聞き流してしまいそうになったが、『飲みに行かない?』ではなく『飲んで行かない?』とは一体どういう事なのか。
そんな疑問に対し、何故かにやりとした笑いを浮かべた浅輪は。
「おいしいエスプレッソ淹れるからさ♪」
と、井上に答えを教えないまま、その身柄を警視庁内へと連行…もとい、連れて行った。