時々、ふっと感じることがある。
特に、今みたいに一人の仕事がひっきりなしにある時。
久しぶりのレギュラー撮影の、みんながいる楽屋に入った瞬間に感じる、
なんとも言えない違和感。
この場所に果たして俺の居場所はあるのだろうか。
ここに俺は、居るべきなのだろうか。
そんな風に思う自分がたまらなく嫌で。
嫌で、嫌で、嫌で。
俺は。
「どうした?岡田」
「・・・っ、え?あ・・・長野くん」
他の者がたまたま出払っていたテレビ局の楽屋で。
何をするでもなく窓辺でぼうっと外の景色を眺めていたら、一人戻ってきた長野にそう声をかけられたので、急に現実に引き戻された岡田はびくりと体を揺らしてからすぐ傍に佇む相手を見上げた。
長野は少しだけ困ったような微笑みを浮かべて岡田の隣に座り込む。
「目が虚ろだったぞ?窓辺で愁いに沈む美青年、って言うスーパーが出そうな雰囲気で」
「あぁ・・・うん」
いつもだったら笑って交わすような言葉にも、なんだかノリの悪い返答。
それに対して今度は本当に心配そうな顔で長野は岡田を見た。
「・・・ほんとに、どうかした?元気ないね、お前」
大丈夫か?と顔を覗き込むような仕草をした長野に、岡田はつい反射的に顔を背けてしまう。
まずった、と思っても後の祭りで。
「・・・俺には言えない?」
悲しそうな微笑みになってしまった彼の言葉に、慌てて首を振った。
「ちゃ、ちゃうねん!別に、ほんまになんでもないねん!ちょっとぼけっとしてただけやから!!」
「・・・そう?」
明らかに苦し紛れの言い訳。
それでも長野は『何か』を言いたくなさそうにしている岡田を思ってか、それ以上の追求はせずに曖昧に微笑んだだけで立ち上がった。
ほっとしたのと同時に、岡田の胸がちくりと痛む。
罪悪感。
胸の中に渦巻く後ろめたさと相まって、それは大きく彼の中にわだかまる。
「最近・・・」
今度は楽屋に置かれたソファに腰掛けた長野が、彼にしては珍しく淡々とした声で不意にそう口を開いた。
何を言われるのかと岡田が恐る恐る彼の方へ顔を向ければ、無表情な長野の顔が視界に入る。
・・・正直、こんな時の彼は怖いと岡田は思う。
いつも穏やかな微笑みを浮かべている印象のある彼が、ごく稀にこういう表情をすると妙な迫力があるのだ。
そんな無表情のまま長野はすっと視線を岡田に合わせて、感情を映さない静かな声で言った。
「みんなの輪の中に、積極的に入らなくなったねお前」
「!!」
どきり、と鼓動が跳ね上がった。
それをどうにか誤魔化したくて長野から視線を外そうと試みたが、合わさった視線は何かで縫いとめられてしまったかのように逸らすことが出来ない。
やはり無表情のまま、少し首を傾げた長野はなおも追求の言葉を紡ぐ。
「どうして?」
「・・・っ、べ、つに・・・」
「別にって顔ではないよね、それはどう見ても」
「・・・っ」
それではいけないと分かっていても、声が震えた。
言葉が詰まった。
呼吸だけが雄弁に語る。
話してしまいたくはないのに。
特にこの人には。
この人だけには。
「岡田」
それでも縫いとめられた視線は逸らせず、名を呼ぶ声は優しくて。
無表情をいつの間にか崩し、困ったような顔をしたその人はソファから立ち上がり、再び岡田の隣に膝をつくと暖かい手で岡田の頭を撫でた。
「ごめん、俺余計なこと聞いたね。そんな顔させたかったわけじゃなかったんだけど」
もう何も聞かないから、と髪を撫でる手を引いた彼の腕を。
「・・・岡田?」
「あ・・・」
気づいたら、引き止めていた。
「・・・どうした?」
慈しむ様にそっと、柔らかい声が上から降って来る。
無意識でつかんだ腕。
それではっきりと気づいてしまった。
本当はもう、自分は負けてしまっていることに。
話したくは無かったけれど、本当は誰よりもこの人に聞いて欲しかったことに。
「居場所が無いって・・・思ったん」
言ってはならないと、押しとどめていたはずの言葉がぽろりと口をついて出た。
「いつの間にか『ここ』には俺が入り込めない何かがあって、俺はこの場所におってええんかって・・・そう思った」
「岡田・・・」
ただ、不安だった。
5人と離れる時間が長ければ長いほど、この場所に違和感を覚えた。
みんなの笑顔を見れば見るほどに疎外感を感じて。
自分の居場所は本当に『ここ』なのだろうかと思った。
そして。
そんな風に思う自分が何よりも嫌でたまらなかった。
「・・・俺には、この10年しかないから」
「え?」
戸惑いを隠せない長野にどこかすがるように。
引きとめた彼の腕を少し強く握る。
ここで離してしまったら、自分はもう『この場所』に立っていられないような気がして。
「トニセン三人にはもう10年以上の時間がある。剛くんと健くんの間にもそうや。けど俺は、この10年以外にみんなとの時間はないから・・・」
だから。
「急に、この場所に居るのが怖くなった」
それが岡田の抱えた全てだった。
いくらかの間を置いて、ため息と共に長野が出した言葉はこんなものだった。
「・・・岡田さ」
「・・・おん?」
「お前は、俺たちと過ごしたこの10年を、なんだと思ってる?」
「え?」
それは岡田が予想していた第一声とは全く違っていて。
今度は彼が戸惑う番だった。
「俺は大事だよ。デビュー前の数年も、デビュー後の10年も。分けることなく、同じ重みを感じてる。お前のことにしたってそうだよ」
「俺の?」
「そう」
先までの呆れたような、怒っているような声音から転じて、長野はやはり優しく柔らかい声で微笑を浮かべながら言う。
「坂本くんや井ノ原と過ごした今までの時間と、岡田と過ごした今までの時間、別ものだなんて俺は思ったことも無い。大事だよ、どっちも。何ものにも変えられないくらい」
「長野くん・・・」
それはもしかしたら、岡田が一番言って欲しい言葉だったのかもしれない。
「だから安心して、お前はこの場所に居ればいいんだよ」
心の枷が、ことんと音を立てて外れた気がした。
「お前、ずっと寂しかったんだね」
やっと分かったよ、と微笑んだ長野は、慈しむように愛しむように岡田の頭を撫でた。
一人だけ違う場所で仕事をしていて、なかなかみんなともゆっくり会話を交わせなくて。
いつの間にか一人だけ仲間はずれになってしまったような気がした事を、長野はちゃんと理解してくれた。
「寂しかったんならそう言ってくれれば良かったのに」
駄々をこねている子供にそうするように、優しくゆっくりと髪を滑る手と言葉を、岡田は嫌だとは思えなかった。
それどころか不覚にも鼻の奥がつんとして、零れそうになる涙を必死で堪えた。
そんな様子に嫌味なく静かに笑った長野は、ぽんぽんと、今度は岡田の頭を軽く叩く。
「お前、最近あんまり素直に感情見せてくれなくなったもんなぁ。大人になった、って言えばそれはいいことだけど・・・でもさ、俺たちは寂しいな。なんだかお前に頼りにされてないみたいで」
「それはちが・・・!!」
「うん、分かってる。別にそんなわけじゃないっていうのは」
それでもやっぱり言葉は大事だよ?と少し首を傾け微笑む長野に、岡田はこくりと頷いて返した。
と、その反動でせり上がって来ていた涙の雫がぽたりと床に零れる。
あ、と声に出すその前に、それに気づいた長野がふわりと岡田の体を包み込んだ。
予期せず訪れたその暖かさと優しさに、折角堪えていた涙がもうどうしようもなくなってしまい。
結果。
「〜〜〜っ、長野くんが俺を泣かす〜〜!!」
そんな言い方しか出来なくなってしまった。
「あはは。おいおい俺はいじめっ子か〜?」
それを笑い飛ばして、背中をぽんぽんとたたいてくれる長野の手の優しさにこの上なく救われる。
岡田はもうなんだか泣き笑いのような状態になって、でもその心地良さに安心を感じ、優しく抱きしめてくれる長野をぎゅっと抱きしめ返した。
もう大丈夫。
俺はちゃんと見つけられた。
・・・いや、
それはちゃんと最初からここに在ったんだ。
俺の大事な大事な居場所は。
この優しさの中に。
END.
≫Kohki's Comment.
淋しんぼの末っ子と包容力抜群の博さんのお話でした。(笑)
ここまで読んで下さった皆様ならばすでにお気づきでしょうが、これを書き始めたのはまたもや昨年だったりします。
コンビ投票の母子小説と同時期に書いていて、どっちかを採用するつもりでいたのですが、もったいなかったのでこっちも今更ながら最後まで書き上げてみました。
まぁ今年は母子イヤーと言う事でちょうどいいかなと。(笑)
しかしやっぱり文がぎこちないな〜
まだまだリハビリが必要なようです。
2006.08.25.Friday
Background:b-cures.