手のひらに。
ぽつりと零れた涙を受け止めて握り締めた。
何も出来なかった自分の無力さを悔やんで、
誓った、想った、願いは今も、
僕を動かす原動力。
■□ 手のひらの涙 □■
「ゴウはっけ〜ん!!」
さわさわと、土手に生えた草花たちを揺らす風が幾許か暖かくなり始めている春の頭頃。
ぽかぽかと頭上を照らす太陽に心地よい眠りを誘われて、その草の上に体を埋め、昼寝を決め込もうとしていた日に眩しく反射する金色の髪の青年・・・ゴウは、目を閉じた途端に聞こえてきた、やたらと頭に響く甲高い声に不快気に眉を寄せた。
「・・・うっせーのが来た」
「そういう言い方ないだろっ!人が折角迎えに来てあげてんのに」
起き上がることもせずにただそのままぽつりと言葉に乗せた一言で、その来訪者は頬を膨らませる。
可愛らしい顔をしてはいるものの、その骨格は確かに男のものである彼はケンと言ってゴウの幼馴染みである。
起き上がらないゴウを立ったまま見下ろす彼の、こげ茶色の髪が日に照らされてきらきらと光る。
それを見て眩しそうに目を細めてから、ゴウはため息をついてだるそうに口を開いた。
「お前さーいい加減学習しろよ。俺なんかにくっついて回ったってなんもいいことねぇだろ」
「ゴウの方こそ、いい加減学習すれば?ゴウがなんて言ったって、俺はゴウに付いて行くんだからさ」
「・・・・・」
にこりと笑って胸を張る。
何処まで行っても真っ直ぐな瞳。
今までゴウがどれだけ自分と一緒に居るのは良くないことだと言い募っても、ケンは決して頷こうとはしなかった。
一体何が彼をここまで頑なにしているんだろうかと思ってみて、すぐにその理由に行き着く。
それはほんの、一年ほど前のことだ。
ゴウは生まれつき特殊な能力を持っていた。
水を自在に操り、海辺の生物と会話を交わす【水】(ウンディーネ)の能力。
彼がその力をはっきり自覚したのは五つの時。
水辺で遊んでいた彼が無自覚で耳にしていた魚たちの言葉は、他の誰に聞いても聞こえないと首を横に振られた。
それ以来彼は自分が他の人間とは違うのだということを自覚することとなった。
ゴウだけに限らず、この世界にはそういった能力を持った人間が少なからず存在する。
その中でも両親から才能を受け継いだ能力者を継承能力者、能力を持たない両親から生まれた能力者を天賦能力者と呼び、ゴウはその後者に当たった。
能力者は普通の人間から見れば異端であり、またどうしてもその強大な力ゆえに恐れの対象になってしまう。
なので地域によってはその力を神から授かったものとして崇め、能力者を慈しむという風習がある所もあるのだが、それは本当にごく一部だけのことで、大抵の場合能力者は異端なものとして忌み嫌い、彼らが迫害されることは少なくなかった。
かく言うゴウの生まれ育った村も、そんな習慣に縛られた村だった。
そんな環境の中で一体彼がどんな扱いを受けるのか、想像するのはいとも容易い。
それでもゴウの両親は生まれ育ったこの村で彼を愛し、慈しみ、守り、育てた。
自分たちがどんな扱いを受けようとも、愛する我が子だけは全力で守り通した。
そんな彼らの愛情の甲斐あって、ゴウは明るく元気でしっかりとした少年に成長。
しかしゴウを守る唯一の砦であったその両親は、不運なことに彼が16になった年に揃って流行り病に倒れ病死した。
結果、ゴウは一人残されることとなってしまった村で、能力者を忌み嫌う村人たちからの冷たい目線にも耐え、唯一の友であるケンと、少数派ではあるが能力者に否定的ではない村人たちに支えられてこれまで生きてきたのである。
特に幼馴染みのケンとは昔から双子のようだとさえ言われるくらいに仲が良く、能力を知っても全く臆することなく受け止めてくれたその存在にはいつも支えられていた。
しかし、それは今から一年前。
ゴウが18になった年に、起こってしまったのである。
とある日、村のすぐ傍にある川で川遊びをしていた子供が溺れるという事件があった。
それをたまたま近くにいたゴウが【水】の能力を使って助けた。
おかげで子供に怪我はなく無事に救出。
それはゴウの能力があってこその結果で。
しかし村に伝わった『事実』はそれとは全く違うものだった。
つまりは、ゴウが能力を使って子供を溺れさせたのだという。
根も葉もない話。
なんという言いがかりだろうか。
その日のうちに、ゴウは村役場に呼び出された。
集まったのは村の半数以上の人間たち・・・つまりは能力者をはなっから気に入っていない村人ばかり。
そしてゴウが助けたあの子供と、その母親。
すぐにゴウは状況を理解して、自分はその子を助けただけなのだと主張した。
だが、誰一人としてそれを真実と受け取るものはいなかった。
それどころか、助けた子供すらも何処か怯えた顔でゴウを非難し、母親に縋った。
最初のうちは反論していたゴウも、あまりの村人たちの罵声に唇を噛み、無言で俯くことしか出来なくなって行った。
能力者を嫌う村で生まれ育ったゴウは、元々自分の能力に負い目がある。
だからこそ彼は、目の前で自分を罵る村人たちよりも、生まれ持った自分の能力の方を酷く憎んだ。
俺にこんな能力があるからいけないんだ。
全ては俺が悪いんだ、と。
やがて、もはや暴徒と化していた村の人間たちは、ゴウが何も言わなくなったのをいいことに、彼に殴る蹴るなどの酷い暴行を加え始めた。
手加減など無い、見るも無残な光景。
それでもゴウは抵抗すらしないで、体を抱え込み、唇を噛み締めて、ひたすらに耐えた。
耐えて、耐えて、耐えて。
その終わりをただひたすらに待った。
結局、事態に気付いたケンと能力者に否定的でない数人の村人が村役場に駆けつけるまでその暴行は続けられた。
その時の、凄惨な光景を目の当たりにしたケンのなんとも言えない表情は、今もゴウの脳裏に焼きついて離れない。
『どうして・・・こんな酷いこと、許されるんだよ・・・?』
どこか呆然と言った、感情の篭らない声で呟かれた言葉に、ゴウは切れ切れの声で答えた。
『・・・俺が、能力者・・・だか、ら』
その言葉にようやく感情を取り戻したような声でケンは荒々しく声を上げる。
『能力者だからなんだって言うんだよ!?別にゴウは何も悪いことなんかしてないだろ!?』
抱きかかえられたケンの腕の中でその言葉を聞いて、ゴウは諦めに似た微笑みを浮かべ、呟く。
『それでも・・・なんでも。異端の、人間って言うのは・・・っ、嫌われるん、だよ』
『そんなのっ!!絶対におかしい!!』
叫ぶ。
悲鳴にも似た声で。
ケンはまるで、自分が暴行を受けたかのような、酷い痛みを感じたような顔で言った。
『だって、ゴウは何も悪くなんかないんだから・・・!!』
そう言って泣いた、危ういくらいに優しい彼。
・・・あぁ。
俺の為にこんな風に泣かせちゃだめだ。
俺には、そんな風に泣いてもらう価値なんかないんだから。
俺はただ、ここに存在しているだけでみんなを苦しめているんだから。
俺は・・・
『・・・ゴウ?泣いてるの?』
『・・・?・・・あ』
言われて気付く、頬を滑る感触。
それを見て、ケンが開いた手のひらに、ポツリと零れる涙の雫。
自分でもごく自然と零れた涙に、一体何に対しての涙なのかどうにも図りかねて。
ゴウはただぼうっとその手のひらの涙を見つめた。
俺が泣く理由なんて、どこにもない。
ただ、俺という存在が全部悪いんだから。
・・・けれど、何かが零れて形になった涙。
そこに、ケンは何を見たのだろうか。
やがて、彼はその手のひらをぎゅっと握り締めて呟いた。
『・・・俺、ゴウのために何もしてあげられなかった』
『・・・?』
その言葉にゴウが見上げた先の瞳は、何かを宿した強いもので。
『・・・守るよ、俺』
『おい・・・?』
『もう絶対に、ゴウを泣かせない』
『ケン・・・』
ケンが手のひらの涙に見出したのは、そんな想い。
『泣かせない、泣かせたくない・・・俺は・・・』
握り締めた手にさらに力を込めて・・・零れた涙を握り締めて。
『ゴウの生きる世界を守りたい』
決意させたのは確実にあの時だろう。
今ならゴウにも、あの時の自分の涙の理由が分かる。
あの時の自分はただ、自分を追い詰めることにしか逃げ道を見出せなかったけれど、今は違うから。
「ゴウ?ねぇ、ゴウってば」
「・・・んあ?」
「急に黙り込むなよ。どうかしたのかと思った」
ケンの呼びかけに我に返って変な返事を返せば、呆れたような顔のケンがやはり上から見下ろしてきた。
「・・・別に。ちょっと懐かしいこと思い出してた」
「懐かしいこと?って何?」
「・・・忘れた」
「はぁ?ちょっとなんだよそれ!」
「内緒だっつーの」
「はい??」
うひゃひゃっと笑って誤魔化せば、なんだよぉ〜と不満げな声が返って来る。
ケンの抗議の声を軽く笑っていなして、ゴウはよっと声を出して起き上がった。
それと同時に吹き抜けた風が頬を撫で、髪を揺らして行く。
さわさわと、草のざわめきを余韻として残して。
「・・・よく晴れてんなぁ」
「え?あぁ、うん。天気いいよね。ここんとこ全然雨降ってないし、すごい気持ちいい」
ぽけっとした声で空を見上げたゴウが言った一言に、ケンは頷き、同じく空を見上げて体を伸ばす。
雲ひとつ無い、心が表れるような心地よい晴天にゴウはにやっと笑う。
「けど、ちょっとしたおしめりがあっても気持ちいいんじゃねぇ?」
「え?」
何の話?とケンが言葉に乗せる前に、ゴウが軽く右手を前に出してぱちん、と一度指を鳴らした。
すると土手の下にある川が急に波を立て始め、かと思えば自然の力では絶対にありえないうねりを見せて盛り上がり、上空へと立ち上り始める。
「え・・・うわ・・・!?」
ケンが驚きの声を上げている中、やはりにやりと笑ったゴウがもう一度ぱちんと指を鳴らす。
すると上空へ昇っていた川の水は大きなしぶきを立てて元の川へと戻り、一方、頭上からはぱらぱらと何かが降り注いで来た。
それは。
「あ・・・雨?」
「人工的なシャワーだ。気持ちいいだろ?」
悪戯な笑いを浮かべてゴウがぱちんとウィンクする。
ゴウの【水】の能力を使い、川の水を上空まで上らせて、そこで拡散させて作り出した人工的なシャワー。
それはシャァ・・・っと静かな音を立てて、晴天の中を土手の草花に優しく降り注ぐ。
もちろんそのシャワーはゴウとケンの元にも。
「もーびしょびしょになっちゃうじゃん」
「うひゃひゃ。いーだろ、たまにはこんなのもさ。こいつらも喜んでるだろうし」
言ってゴウは座り込んでいる傍の草を撫でるような仕草をする。
ケンはくすりと笑って空を見上げた。
ぱらりぱらりと顔に降って来る人工的なシャワーを気持ち良さそうに体に受けて。
「俺、ゴウの能力好きだな」
「あぁ〜?」
怪訝そうな声のゴウに、お構いナシに彼は笑って。
「だって、ゴウの力はこんなに優しい」
屈託の無い笑顔で笑いかけてくる。
「・・・・・」
さすがのゴウもそれにはいつもの仏頂面をちょっとだけ赤くして、嬉しそうに頬を緩める。
この能力を・・・自分を。
嫌いだと思わなくなったのはいつのことだっただろうか。
はっきりと覚えてはいないけれど、でも、きっと。
この屈託の無い笑みが真っ直ぐに、自分の存在を認めてくれるから今自分はここに居る。
どんなに突っぱねてもめげずに後ろをついてくる、この存在に自分が守られているのが分かるから。
「あ、そうそう。俺を置いて行こうなんて絶対無理だからね」
「あぁ?なんでだよ」
シャワーが降り終わった後、思い出したように言ったケンの言葉にゴウが軽く首を傾げる。
絶対的な自信を持ったその言葉に、単純にその理由を知りたいと思った。
「だって、俺を動かしてるのはゴウなんだから」
「・・・なんだそりゃ」
ふふふ、と含み笑いをしたケンに、ゴウは眉を寄せる。
ケンはやはり屈託の無い笑顔で笑って空を見上げた。
「だって俺、決めたんだもん。あの時に」
ケンは言う。
身の内に狂ったように燃え上がる炎の息吹。
煮えたぎる憎悪と、言葉では言い表せないような怒り。
それを感じた時に、自分は全てを決めたのだと。
想った。
もう二度と泣かせたくないと。
誓った。
もう二度と泣かせないと。
願った。
もう二度と、その涙を握り締めることが無い様にと。
だから。
「俺を動かしてるのはゴウなんだから、だから俺はどこまでもついてくからな!」
「うっわ、しつけぇ〜」
「あっ!そう言う事言うのかよっ!!」
「うひゃひゃ」
「もーゴウ!!」
笑い合い、じゃれ合う。
今の彼らだからこそ、それが心からのものであることが分かる。
あの日からケンは変わった。
でも、変わったのはゴウも同じ。
ケンを変えたのはゴウだし、ゴウを変えたのはケンだ。
それは依存とも言えるのかも知れないけれど、でもそれは彼らにとっては前向きな言葉だ。
少なくとも、あの村に居た日々よりもずっと、遙かに。
彼らは成長している。
前に進んでいる。
大事なものに気付いている。
あの日からもう一年。
彼らはあの村を出て、現在自由気ままな旅の最中。
苦しいことも、辛いこともまだまだある世の中だけど、
それでも今は目の前が明るく開けている。
今はもう、涙は零れて来ない。
「そろそろ行こう、ゴウ」
「・・・はいよ」
立ち上がろうとするゴウに手を差し伸べるケン。
その手を笑って掴むゴウ。
手のひらの涙はもう、優しい光に照らされて、すっかり乾いた様だった。
END.
■□COMMENT.
気付けばワン・リーホンシリーズは同時に特殊能力者シリーズになってるような。
どうも、書いてる途中にそんなことに気付いた光騎@管理人です。
生まれつき特殊な能力ってどこかで聞いたことがあるような・・・と思ったら、そうか。
この前のツートップのヤツがそうでしたな。
もっと早く気付けよ俺。(笑)
そんなわけでなんだかシリーズ物になっているらしいワン・リーホンのアルバム曲シリーズ。
今回は前回の『君が僕の歌を聴いたら』の前の曲、『手のひらの涙』をお題に書いて見ました。
これまた曲を聴いていて思いついた小説です。
前回同様歌詞の内容とは全然違うんですが。
今回のメインは剛健コンビ。
そう言えばこの二人きりの話って書いたことがなかったですなぁ。
この二人のコンビは可愛くて好きです。
本当は二人の立場を逆にしようかと思ってたんですが、割とこっちの方がさくさく書けたので今の形に。
珍しく男らしい三宅さんがいるようないないような・・・(笑)
流れがちょっといい話路線だね・・・次も書けるだろうか。
もし次があれば残りの二人のお話にしたいなぁと思っております。
・・・あくまで思っているだけで。(笑)