ピンでのテレビや映画の仕事が増えて行くにつれ、

心無いやっかみや僻みからくる酷い悪口を言われる事が時々ある。

この世界、それも仕方のない事と努めて気にしないようにしていた。

でも流石に、我慢出来ない部類の悪口と言うものが俺には存在していて。









某テレビ局カフェテリア。
撮影の空き時間に一人そこでコーヒーを飲んでいた岡田は、自ら聞こうとせずとも必然的に耳に入ってきた声にわずかに眉を寄せた。
「あ、あいつ岡田准一じゃん」
「え?あ、本当だ」
「最近さぁ、うざいくらいテレビとか映画に出てねぇ?あいつ」
「そうそう、マジ見飽きるっての」
岡田の居るカウンターから少し離れたテーブル席に、これ見よがしに大声で、わざわざこちらに聞こえるように陰口にならない陰口を言っている若い男が二人。
お世辞にも品があるとは言えない下卑た笑みを浮かべた彼らは、ご丁寧に岡田に視線まで向けてその陰口を言っていた。
『・・・アホらし』
そう思って岡田は何食わぬ顔のままコーヒーをすする。
あの片方は確か、この間自分に決まった映画の選考で、自分の次の候補に上がっていた最近売れ始めて来ている新人俳優だ。
思考の隅でそれだけを思い出して、それ以上の彼らへの詮索は全くの無意味と無視を決め込もうとした。
何せこう言う悪口を言われるのは実はこれが初めてではないのだ。
この浮き沈みの激しい業界では、妬みなどから来る悪口や陰口を囁かれるなんて事はそう珍しい事じゃない。
なのでいちいちそれを気になどしていたらこっちの身が持たない。
だからこそ彼は無関心を貫こうとしたのだが・・・

しかし。

「あいつってちょっと見てくれがいいだけで全然演技上手くねぇじゃん?いいよな〜ジャニーズは。名前だけで得してんだろ」
「そうそう。しかもV6って今年10周年らしいじゃん?それで話題になるから仕事もらえてるって所もあるっしょ」
「マジで?いいよな、協力なバックが後ろについてる奴はさ」
「そうそう。だいたいジャニーズの奴らって大した演技力もねぇのにドラマの主役とかもらってんじゃん?完全事務所の力だよな」
「だよな〜それにあいつのさ、V6ってばっとしねぇグループじゃねぇ?メンバーどれ見ても中途半端っつーか!」
「あははは!!言えてる言えてる!!あ〜いいよなぁ〜大した努力もしないでバックの力だけでのし上がれる奴はさ〜」
その声が岡田に聞こえている事を知っていて、彼らは好き勝手な事を言い続ける。
ぎりっ、と。
岡田は拳を握りしめた。
自分のことであればいくら言われようが一向に構わない。
無視を決め込む事だって出来る。
けれどその悪口が事務所や他のグループ、何よりメンバーにまで及ぶことだけは絶対に許せなかった。
否、それだけは絶対に許してやるつもりは無い。
ふつふつと内に沸いた怒りに、とうとう彼が勢いのまま彼らに食いつこうとした・・・

まさにその時。

「ぱっとしない上に中途半端でごめんね」
「えっ!?」
「げっ!!」
『長野博!?』
「え・・・長野くん?」
いつの間にそこにいたのか。
バカ笑いをしていた青年二人のテーブルのすぐ横に、いつも・・・いや、いつも以上の微笑みをたたえて立っていたのは、見紛う事なき長野博その人で。
あっけにとられる二人(と岡田)に彼は極めて穏やかな声で挨拶の言葉を口にした。
「どうも初めまして。えーと・・・ごめん、どちらサマだっけ?見たことない顔だよね。あ、エキストラの人かな?」
「なっ?!」
うっわ、もの凄い皮肉・・・
自分が今の今まで悪口を言われていた相手だと言うのに、岡田はつい彼らに同情してしまいそうになった。
そんな彼の視線の先で、長野は『素晴らしく完璧な』と形容出来る笑顔のままで二人をどんどんと追い詰めていく。
「これ見よがしに人の悪口言うようなみっともないこと、今時小学生でもしないと思うけどなぁ」
「うっ、うるせぇ!!」
「そこらへんの礼儀すらなってないようじゃ選考で落とされるのも当たり前だよね」
「あっ、あんたなぁ!!」
「悪いけど、うちの可愛い末っ子の悪口を言った罪は重いよ?」
「え・・・?」
今まで皮肉を口にする時ですら笑顔を絶やさなかった長野が、急にすうっとその笑顔を奥に潜めて表情を消した。
その変化に一瞬で、その場が凍りついたように静まり返る。
長野が浮かべたそれは本当に恐ろしいくらいに冷たく、色のない表情で。
岡田は菩薩が般若へと変わる瞬間を見たような気がした。




「覚悟しとけよ?雑魚野郎」




冷たい表情に口角だけを上げて浮かべられたのは蔑みの笑み。
端正な顔で作られるそれは、岡田が思った以上に綺麗に恐ろしかった。
『ひいっ!!?』
そのあまりの恐ろしさに短く悲鳴を上げた二人は慌てて立ち上がり。
『すっ、すみませんでしたー!!』
との言葉を残して一目散に逃げて行った。
「お〜逃げ足早いなぁ」
『うっわぁ・・・あれはしばらくトラウマになるな・・・恐ろしい・・・』
やっぱり思わず逃げて行った二人につい同情してしまった岡田であった。






「さぁ〜て准くん」
「・・・へ?あ、な、長野くん?」
くりっとこちらを向いた長野の表情は明らかに『笑ってない笑顔』で。
もしかしてなんかこの人めちゃくちゃ怒ってる・・・?
一体何を言われるのだろうかとビクビクしていたら、思いの外優しい声で、でも表情だけは険しくして長野は岡田の両手を取った。
「手。もういいから開いて」
「あ・・・」
言われ初めて気づいた。
怒りにより固く拳を握りしめていたせいで、いつの間にか手のひらには爪が食い込んで、軽く血が滲んでいたことに。
「全く・・・手当てするから楽屋戻るよ」
「ん。・・・ごめん、長野くん」
「こら、お前が謝ることじゃないだろ?」
バツの悪そうな顔で謝罪をしたら、逆に苦笑した長野に怒られてしまった。
おずおずと、岡田は長野の表情を伺って言う。
「だって長野くん・・・なんかめちゃくちゃ怒ってるじゃん・・・」
「え?」
「眉間が坂本くんみたいになってる」
「嘘、本当に?」
岡田の言葉に長野はやだな〜などと言いながら眉間のシワを指で延ばし始める。
その行動がおかしくて、岡田はつい笑ってしまった。
そしてそれが伝染したように長野も先ほどまでの表情ではなく、いつも通りの優しい微笑みを浮かべて言った。
「別にお前に怒ってるわけじゃないよ。たださっきのやつらに腹立ててるだけ」
だからお前は何も気にするなよ、なんて優しい言葉に岡田は無言で頷いた。
あの二人の言葉に腹が立ったのは自分も一緒だ。
この人が居なかったら、きっと自分があの二人を怒鳴りつけていただろう。
・・・流石にあそこまであの二人を恐怖させる事は自分には出来なかっただろうが。
「なんか・・・長野くんが本気で怒ってるのって初めて見た気がする」
「ん?そうだった?」
「うん」
思い返してみれば、もう10年にもなる付き合いだと言うのに、岡田には長野に怒られた記憶と言うものが全くと言っていいほど無かった。
この人の印象と言えば、いつも優しく微笑んでいて、暖かい人で・・・とにかく怒ると言う印象からは程遠い。
それは本人にも思い当たる節があったようで、長野はぽんと手を叩いて苦笑した。
「あーそっか。大抵俺が怒るよりも先に坂本くんや井ノ原が怒るからなぁ。そう言えば俺ってお前たちの前で怒った事ないかも・・・」
「さっきの、むちゃくちゃ怖かったよ、長野くん」
「えぇ?そうかなぁ」
「多分あの人たちしばらくは長野くんに近寄れないだろうな・・・」
ご愁傷様です、と心の中で思わず合掌する岡田であった。
「まぁあいつ等は自業自得だからね。何も知らないくせにふざけた事ばっかり言って・・・全く、思い出すだけでも腹が立つなぁ」
あぁまた長野くんが坂本くんモードに・・・
今度は岡田が苦笑して、怒れる長野の腕を引っ張った。
「長野くん長野くん、また坂本くんみたいになってるよ」
「おっといけないいけない、坂本くんみたいにシワがくせになっちゃう」
そう冗談めかして答え、またもや眉間のシワを指先で延ばす仕草をする長野に、岡田はついさっき以上に笑ってしまった。
「んはは。ねぇ長野くん」
「うん?」
「・・・ありがとう」
そう言えばきちんとお礼の言葉を言っていなかった。
そう思い立ち、少し照れくさいような、くすぐったいような気持ちでそう言ってみたら、返って来たのは長野の柔和な笑顔とまあるい声での一言で。
「どういたしまして」
それだけで、ほっこりとココロが温かくなった。






「まぁ、誰に何を言われようとも、お前の価値は俺たちがちゃんと知ってるからね」
「俺の?」
「そ」
楽屋への帰り道。
長野が言った言葉に岡田は首をかしげた。
それがおかしかったのか、少し笑った長野があのね・・・と言葉を繋ぐ。
「他の誰の力でもない。お前自身が努力して築き上げた地位と評価はあいつらがけなせるようなものじゃない、立派なものだよ」
事務所の力だのなんだのと彼らは言っていたが、いくら後ろ盾があろうともこの世界は実力が伴わなければ生きてなど行けない世界だ。
それこそ見てくれだけがいいと言うだけでは到底この荒波の中を乗り越えられるはずも無い。
そう語る長野は優しくも力強い口調でさらに続ける。
「近くでずっとお前を見てきた俺たちは、少なくともそれを知ってる。お前が重ねてきた努力・・・お前の価値を、ちゃんと知ってるから」
「長野くん・・・」
「だからね?お前は胸を張っていればいいよ。もしまたあぁやって陰口を叩く奴等がいたらいつでも俺を呼びな。どんな時でも、何処に居ても飛んでいくから・・・」
ふふ、と少し笑った長野は胸を張って自信たっぷりに、
「なんたって俺は元ヒーローですから」
とウィンクしてみせた。




改めて、自分は恵まれているなと思った。
自分を誰よりも理解してくれる人たち。
大好きな場所。
それに仕事。
これ以上何を必要としたらいいのか分からないくらい、
自分はたくさんのものを与えられている。

だから、その代わりに。
自分はそんな人たちに少しでも幸せを与えたいと思った。
ありがとうと言う気持ちを込めて、
大好きな人、大好きなものたちに精一杯の感謝を。

そんな風に思えるようになった自分を、この上なく幸せだと思った。




「ねぇ長野くん」
「ん?」
「俺はやっぱり今も昔も長野くんラブだからね」
「はは。ありがとう」



そしてこの人の笑顔がずっとここに在り続けてくれるならば、
自分はいつまでも笑っていられるのだと知った、


そんなある日の出来事。









END.













◆Kohki's Comment.

大分今更感が否めないですが、コンビ投票二位の母子小説をお送りしました。
読めば分かるとおり、実はこれ昨年から書いていたものだったりして。(笑)
それをようやく完結させることが出来たのでアップとなりました。
ブチ切れる博さんというものを書いてみたくて出来上がった一品。(笑)
母子好きさんにお気に召していただければ幸いです♪
あ、ちなみにこちら去年の岡田標準語強化月間に書き始めたものなので、
もれなく岡田が標準語仕様となっております。(笑)

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