「ねぇ剛、少し俺に付き合わない?」
唐突にそんなことを言い出したその人は、どうしてか悪戯に笑った。
「・・・で。なんで俺らは深夜に空き地で寝っ転がってんだよ」
「まぁまぁ、たまにはいいでしょ。こういうのも」
いや、良くねぇだろ。
はたから見たら完全に不審者じゃん。
自分たちが置かれている状況を客観的に考えてみて、剛はついそんな突っ込みを内心で繰り出した。
場所は雑居ビルに囲まれた中にぽつりとある、砂利が敷き詰められているだけの空き地である。
そんな場所に深夜、スーツ姿の男が二人、並んで寝転がっている姿など、どう考えてみても不審以外の何物でもない。
しかし剛をここへ連れ出した張本人…長野は特に気にした様子もなく。
いつもの柔和な表情のまま、実にのほほんと言って見せた。
「冬は一番空気が澄んでるからね。天体観測にはもってこいでしょ」
どうやら彼の目的は天体観測だったらしい。
つーかなんで急に天体観測。
しかも超さみぃし。
無言の睨みでそれを訴えかけてはみたものの、剛より一枚も二枚も上手の相手が動じるはずもない。
彼はただ、穏やかな表情のまま夜空を見つめるだけだ。
その横顔に、そもそも何の疑問も抱かずにここまでついて来てしまった己が悪いのだ、と無理矢理自分を納得させた剛は結局、長野の気まぐれな思いつきに付き合ってやることにした。
「まばらではあるけど、ここでもちゃんと星は見えるんだよねぇ」
綺麗だねぇ、と。
のんびりとした口調で長野が言った言葉に、剛はただ無言で頷く。
それが意外に映ったのか、長野は小さく笑うと右手を空に向かって掲げた。
「あの星座の名前を知ってる?」
人差し指を向けて指し示されたのは、砂時計を少しいびつにしたような形。
汚れた空気とネオンの光で彩られる都会の夜空において、はっきりと見える星座と言えばそれくらいで。
無知な剛はその名前を知りはしなかったけれど。
冬の澄んだ空気の中、浮かぶその小さな光に、妙に安心感を覚えた。
「知らねぇ。星とか、全然わかんねぇし」
そうぶっきらぼうに答えれば、くすりと笑った長野の丁寧な説明が始まる。
「あの一番大きくて赤く光ってる星がベテルギウス。その対角線上にある星がリゲル。ベテルギウスの右にあるのがγ星のベラトリックスで、リゲルの左にあるのがサイフ。そして真ん中に三つ並んでる星が左からミンタカ、アルニラム、アルニタクだよ」
「・・・あんたが星に詳しいなんて知らなかった」
長野がスラスラと並べ立てた名前を一つも覚えられないまま、剛が感嘆と呆れを織り交ぜた声でそう言えば、無邪気な顔をしたその人は目を輝かせて言う。
「星の本は眺めてると楽しいぞ?あ、そうそう。ちなみにベテルギウスとミンタカの間にはかの有名なM78星雲があります!」
「へぇ」
「あれ?反応薄すぎない?」
「んなこと言われても、M78せーうん?っての?俺、知らねぇし」
「・・・そうかー」
なんだかものすごい残念そうな顔をされてしまった。
そんなに有名なもんなのか?
と、剛が寝転びながら首をかしげると言う器用な真似をしていると、ふと思い出したように長野が言った。
「あ、星座」
「あ?」
「肝心の星座の名前をまだ教えてなかった」
「あぁ」
そう言われてみればそうだ。
星座の名前を知っているかと問いかけたのは長野なのに、教えてくれたのは星の名前だけで、肝心の星座の事はまだ何も聞いてはいない。
長野はすいと右手を夜空に伸ばすと、人差し指で歪な砂時計のラインをなぞって行く。
「あれはね・・・」
と、その時。
「ったくもーこーんなところにいた!」
聞きなれた声が降ってきて、二人は寝転んだまま思わず顔を見合わせた。
そうしてから体を起して、声の主の姿を確認する。
「長野く〜ん、どこの不審者かと思ったじゃんよ。剛ちゃんまで一緒になってさぁ」
こんなとこで何やってんのよ?と問いかけた男は、確認するまでもなく井ノ原だった。
彼はただでさえ細い目をさらに細くしてぷりぷりと怒っている。
「井ノ原、どうかした?」
「どうかした?じゃないっての。お仕事のお時間ですよー」
「あーもうそんな時間?」
「そんな時間です。遅れたら大惨事だぜ?ほら、さっさと立った立った」
二人をはやし立てる井ノ原は、もしかしたら自分だけ置いて行かれたことに腹を立てているのかもしれなかった。
スーツの汚れをはたいていた剛を細い目がひたりと見据えてずずいと迫ってくる。
「で、何してたんだ?」
「ちょ、近い近い!!」
「剛ちゃ〜ん?」
「うわ、うざっ!別に大したことじゃねぇよ!ただ星を見てただけだって!!」
「星を?」
その言葉を聞いて、何故か井ノ原はぴたりと動きを止めた。
ふっと体を引いた彼は、そのまま首を上げ、夜空に目を向ける。
「星、ねぇ・・・」
「・・・?」
急に身にまとう雰囲気を変えた彼に、剛は戸惑いを隠せない。
もしかして、長野が急に天体観測をしようと言い出したのには何か理由があるのだろうか。
それを問おうと剛は口を開きかけたがしかし、井ノ原がそれを言葉にする方が早かった。
「今日の事はお前の胸の中に大事にしまっとけ」
「・・・は?」
わけがわからず井ノ原を見れば、彼の視線はもう夜空にはなかった。
いつの間にか少し離れた場所で夜空を見つめている長野の横顔に注がれている。
そして剛は気づく。
夜空を見つめる長野の瞳が、先までとは違う色を宿していることに。
「あの人、なんで・・・」
寂しげで、悲しげで、それでいてどこか怒りにも似た感情が浮かんでいるような、そんな目をしているんだろう。
その疑問に、答えにならない答えを返してきたのは井ノ原で。
「そのうち、嫌でも分かる」
「え?」
「長野くん!何してんの?ぼけっとしてると置いてくぜー」
思わず問い返した剛の言葉を遮る様に、井ノ原はことさら明るい声で長野に声をかけた。
結果、中空に浮いたままの言葉は回収されずに流れて行く。
「ん?あぁ、ごめんごめん。星に見とれてた」
そう言って振り向いた長野の顔は、いつもの柔和なそれで。
浮かんだ疑問を問いかけるタイミングを完全に失った剛は、口を引き結び夜空を見上げた。
思わせぶりな井ノ原の言葉も。
何かを秘匿している長野の横顔も。
答えを知っているのはこの夜空に浮かぶ星座だけなのかもしれない。
それがすごく、悔しかった。
「剛、行くよー」
「剛ちゃん、早く来ないと置いてっちゃうぜー?」
笑顔で手招きする二人に頷いて、剛はゆっくりと歩き出す。
後を追いかけるんじゃなくて。
いつかこの二人の隣に並べる自分になれる事を、ただひたすら祈りながら。
「おーなんだ、今日は随分星が見えるじゃん」
機嫌良くそんな事を言いながら、無遠慮に肩を組んでくる井ノ原をいなして、剛は無言のまま空を見上げた。
確かに、澄んだ冬の夜空には珍しいほどたくさんの星が浮かんでいて、時折チカチカと明滅している。
その中にはっきりと形を伺える星座を見つけて剛は目を細めた。
あの日、あの人と見たあの星座だ。
「・・・なぁ、井ノ原くん」
「んー?」
あの日、あの人が俺に本当に見せたかったものは一体なんだったんだろう。
浮かんだその言葉はしかし、声には出来なくて。
「・・・なんでもねぇ」
苦い表情でそう言えば、井ノ原はそっか、と言っただけで深くは聞いて来なかった。
その対応に感謝して、剛は静かに目を閉じる。
もしかしたら、それを問いかけるチャンスは永遠に失われてしまったのかもしれない。
でも、だとしても、それでも。
あの日、あの人が自分に伝えたかったものが何であったのかは。
あの人の口から直接聞きたかった。
そしてあの、星座の名前も。
「絶対に、見つけ出すから。待ってろよ」
そう呟いて目を開く。
飛び込んで来たのはいびつな砂時計。
あの日、二人で見上げた星座の名を。
剛はまだ、知らないでいる。
【back to XXX;ORION】
**Postscript**
サイドストーリーばかりで全く中身が見えないまま進むCNシリーズ。(笑)
書いてる本人が中途半端にしかストーリを考えていないから仕方がないのである。(をい)
博さんが消えた理由はちゃんと考えてあるんですけどね。一応。(笑)
ちょびっとずつでも書いて行けたらなぁと思わなくもないですはい。(え)
2013.12.05.Thursday