カーチェイス。


運転席でハンドルを握った長野は、どんな時よりもリラックスしているように見えた。
窓の外を流れていく景色は恐ろしいほどのスピードだというのに、それはまるで気楽なドライブを楽しんでいるかのようだ。
どしゃぶりの雨がフロントガラスを激しく叩いて、視界はすこぶる悪いと言う悪条件の中。
回転灯の力を借りたスープラはぐんぐんとスピードを上げ、前方の車両を次々に追い抜いた。
「…いつものことながら、お前の運転には感心するよ」
無意識に助手席のシートベルトを両手でしっかりと握り締めた坂本は、強張った声でそう言った。
長野が運転する車に乗るのは初めてではないが、何度乗ってもこのスピードには緊張を覚える彼である。
「え?なんの話?」
フロントガラスの先を見据えたまま、いつも通りの柔らかい声がとぼけた返事を返してくる。
その顔には微笑みが浮かんでいて、それが確信犯的な発言であることを裏付けていた。
まったくこの男は。
「これで良く今まで事故を起こさなかったな」
「交機隊は万能だからね」
「…いつも思うが、その言葉の根拠はどこにあるんだ?」
交機隊は万能である、と言うのは長野の口癖のようなものだ。
ある意味誤魔化しの常套句とも言えるかもしれない。
例えばどういうわけか署内の情報にやたらと詳しい彼は、ありとあらゆる情報を仕入れて来ては坂本を驚かせることがある。
その度にどうして知っているんだと問いかける坂本に対して、返す長野の言葉はいつも決まってそれなのだ。
「おい、なが…」
「坂本くん、口は閉じておいた方がいいよ」
「は?って、うぐっ!?」
言うが早いか、長野はアクセルペダルを思い切り強く踏み込んだ。
それに呼応したスープラのエンジンが低い唸り声を上げ、坂本はと言えば、急な加速により強くシートに押し付けられた結果、潰れた蛙みたいな声を出すはめになった。
…このヤロウ。
「マル対発見」
あくまで冷静で温和な声がそう呟いたので、ようやく事態を飲み込んだ坂本は恨めしく長野を横目で見つつも無線機のマイクを取る。
「こちら交機13。マル対を発見。首都高11号線をお台場方面に向かって逃走中。付近の車両は応援願います」
報告を終えちらりと盗み見た長野の横顔。
真っ直ぐに前を見据えた瞳は生き生きとした輝きに満ちていた。


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日記にのっけたのを収納。
俺だけが楽しいハンチョウパロ。(笑)

※交機隊→交通機動隊。本庁所属。分駐所が臨海署にある。
※スープラ→交機隊のパトカー。トヨタ・スープラ。