「・・・今何時だ?」

「聞かない方がいいと思うよ?」

げんなりとした顔で問い掛けてみた事に対して、きっぱりと返ってきた満面の笑みの返事に

坂本はぐったりと肩を落とした。


















坂本と長野。
二人でのロケ撮影が押しに押して、ついには日付をまたいで大分久しい時頃。
それでもいまだに終わりそうもない撮影に坂本は深く深くため息をついた。
・・・今日は早く帰って久しぶりにゆっくりと眠れるはずだったのに。
不機嫌を露にした顔に続く、またもや深いため息一つ。
「これみよがしにため息なんてつくもんじゃないよ?」
スタッフが気にしたら困るでしょ、と隣に立つ長野が苦笑しながら言ったので流石に今のは大人気なかったか、と反省の意味を込めて同じく苦笑した。
「けどいいかげん帰りてぇよ。昨日も別の撮影が押して家に付いたの午前二時だったし・・・」
連日御前様では体が持たないとぼやく。
正直流石に三十過ぎの体には連日の深夜撮影は堪えた。
若くねぇよな俺も。なんて呟いてみる。
「後少しだと思うし、もう少しの我慢我慢」
「・・・我慢つってもなぁ」
子供をなだめるような笑みを浮かべて言った長野に眉間にしわを寄せて返してふう、とまたため息をもらした。
こうも押しに押されたら文句の一つも言いたくなると言うものである。
そんな坂本の心中を察してか、柔らかい笑みで長野はやはり母親が子供をなだめるように優しく諭した。
「文句言ったって始まらないでしょ。今はとにかく撮影に集中して、早く終らせることだけ考えよう?」
そんな長野に対し、そういえばこいつだって舞台にレギュラーにラジオにと俺以上に最近忙しくて睡眠時間極端に少ないはずだよな・・・と気づく。
いつも穏やかな笑みを浮かべて涼しそうな顔をしているからなかなか気付かないけれど。
そう思ったらなんだか本当に文句ばかりの自分が子供じみて見えて、気まずさに頬をかいた。
「ん?どうかした?」
「あ?いや、別に」
「そう?あ、撮影再開するみたいだよ」
長野の言う通り、ちょっと離れた所でスタッフが両手をあげ、撮影再開しまーす!と声をかけている。
行こうか、と微笑んで長野が先に立ち歩き始めたので、坂本は「おう」とだけ短く答えてその後に続いた。








「お疲れ様でーす」
「お疲れーっス」
結局撮影が終ったのは午前四時近く。
ありえねぇ・・・と疲れた顔を隠しもしないで、坂本はうらめしげにまだ陽が昇るにはほんの少しだけ早い多少明るみを帯びてきた、しかしまだ濃紺の色を掲げている空を見上げた。
「あ、坂本くんちょっといい?」
「ん?どうした?」
ふいに駆け寄ってきた長野にそう返せば、彼は少しだけ迷うような素振りを見せて困ったように笑う。
・・・なんだ?
「ちょっと付き合って欲しい所があるんだけど・・・結構疲れてるみたいだね」
大丈夫?と聞かれてそんなに顔に出てるのか、とつい両手で顔を包み込んでしまった。
それを見て長野が笑う。
「早く帰った方がよさそうだね」
お疲れ様、と長野が踵を返しかけたのを、坂本は彼の腕を掴んで止めた。
ん?と長野。
「いや、どうせここまできたら五時になろうが六時になろうが同じだし。どうせ俺明日・・・ってか今日か。オフだから構わねぇよ」
何処に行くつもりなんだ?と坂本が首を傾けたので、
「このすぐ近くなんだ」
と長野は嬉しそうに笑った。










「・・・疲れ吹き飛んだ」
そこにたどり着いた瞬間、息をのんで坂本はそう言った。
眼前に広がる朝焼けのシーン。
上から見下ろした海に映り込む、濃紺と紅が入り混じった複雑な色とグラデーション。
素直に感動を表した言葉に長野がふふ、と笑う。
「時間間に合って良かった」
ちょうどドンピシャだったね、と長野が言えばほうけた顔のままに坂本があぁとうわ言を呟くように頷く。

二人は撮影現場近くにある高台に来ていた。
どうやらここが長野の付き合って欲しい場所だったらしい。
最初はなんのために、と思った坂本だが、すぐにその理由を理解した。
高台の正面にあるのは海。
その水面に姿を映しながら、今もゆっくりと昇って来ている真っ赤な太陽。
朝焼けの瞬間。
長野が見せたかったのはまさにそれだった。
「ここの所忙しかったからね。綺麗なもの見て少しでも癒しになればと思ったんだけど、効果絶大?」
「絶大絶大!」
明らかに機嫌が良くなった坂本に長野はさらに笑みを深めて、子供みたいな喜び方だね、なんて笑った。
「すげぇなぁ・・・」
「こういう綺麗な景色見たら明日も頑張ろうって思うよね」
言って笑った長野の顔はその朝焼けにも負けないくらいの綺麗さで、赤とオレンジと白、それにうっすらと空色に染まりつつある景色の中にまるで一枚の絵のように溶け込んでいた。
もともと肌が白い彼には朝焼けの複雑なグラデーションが綺麗に映る。
「ん?どうかした?」
「あ?あぁ、いや・・・綺麗だと思って」
「うん、綺麗だね」
・・・今のは朝焼けじゃなくてお前に対して言ったんだけど。
流石にそんな男同士で言うにはこっぱずかしい言葉は飲み込んで、坂本は視線を朝焼けへと戻した。
昇る日がゆっくりと眩しさを増してゆく。
息を飲むような、自然が生み出すワンシーン。
その美しさ。
「・・・なーがの!」
「うん?」
「サンキューな」
「どういたしまして」
本当はお前の方のが全然疲れてるはずなのに。
文句の一つでも言いたいだろうに。
穏やかな笑みは常に変わることはない。
『だから安心して俺はここにいられるんだろうな』
口元に緩やかな笑みを浮かべて、気づかれないように横に立つ長野の横顔を盗み見た。
柔らかな笑顔が、ゆっくりと昇り来る日に向けられている。
・・・なんとなく、その笑顔を自分に向けて欲しくて。
用も無いのに彼の名前を呼んだ。
「長野」
「ん?」
「・・・あー、いや。なんでもねぇ」
「?何それ」
「なんでもねぇよ」
バツが悪そうに頭をかいた坂本を見て、訳が分からず首を傾げた長野はくすりと笑って
「変な坂本くん」
とあの柔らかな笑顔を見せた。
「・・・・・」
・・・やっぱ、かなわねぇよな。
この無敵の笑顔には。
くつくつと、肩を震わせて急に笑い出した坂本に、長野はやはり首を傾げて今度こそ心底不思議そうな顔で
「変な坂本くん」
ともう一度繰り返した。







疲れ切った俺を癒してくれたのは

朝焼けのワンシーンと

そして何よりも、お前の笑顔と柔らかな気遣い。








■Comment.
こっぱずかしいツートップ小説をお送りしました。(笑)
うん、なんかまぁくん気持ち悪いから。(酷)
ポエマーと言うかロマンチストさんと言うか・・・
ちょっと語らせすぎちゃったよ!(笑)
夏の雨とは対照的で坂本さん視点だったりするわけですが、まぁ言いたいことは同じだな、多分。(何故アバウト)
支え、支えられの関係っていいですよねー
つか男の友情って女は憧れるもんだよね。(笑)
ちなみに多分これは博さんが舞台をやっていた6月頃の話かと・・・(遅)

2005.1.27.Thursday UP.