こかげのしたにて。

9係浅輪+相棒右京


その日、杉下右京は特命係の部屋の前で珍しい人物と顔を合わせた。

「右京さん!」
「はい?」

はずんだ声に名を呼ばれ、振り返れば。
そこには人好きのしそうな顔に、にこにこ笑顔を浮かべた青年が一人、立っている。
その確かに見覚えのある顔に、右京は思わず相好を崩すと穏やかな声で答えた。
「おやおや。誰かと思えば、浅輪くんではないですか」
「はい!ご無沙汰してます、右京さん!」
名を呼べば、相手は更に笑顔の花を咲かせ、溌剌とした声を上げる。
右京がついつられてくすりと笑ってしまうほど明るい笑顔が似合うこの青年は、名を浅輪直樹と言って、曲者揃いと噂される警視庁捜査一課9係に所属する若手の刑事である。
9係は警視庁捜査一課内において最も高い検挙率を誇る係であり、その功績は同じ一課所属の伊丹たちが度々嫉妬を口にするほどのものであったりする。
しかし右京個人としては、時には警察内部のしがらみにも臆することなく斬りこんで行く9係を好ましく思っているし、この溌剌とした真っ直ぐな好青年のことを気に入ってもいた。
「あの、お邪魔してもいいですか?」
「もちろん、かまいませんよ。どうぞ」
「ありがとうございます!お邪魔しまーす♪」
右京が快く招き入れると、浅輪はいそいそと特命係の小部屋に入って来る。
その様に何故かなつっこい犬を想像してしまい、こっそりと笑みを深くした右京である。
「それで、今日はどうしたんですか?」
「あ、実は角田課長に用があって来たんですけど、今席を外してるみたいなんですよね」
「あぁ、そうでしたか」
角田六郎は特命係が部屋を間借りしている、組織犯罪対策部組織犯罪対策5課の課長である。
何やかんやと特命係の面倒を見てくれる、警視庁内では非常に希少な人物であり、暇か?と言うお決まりのセリフと共に現れ、特命係のコーヒーを勝手に飲むのが日課だったりする。
しかし諸事情によりコーヒーを飲む人間がいなくなった今の特命係では、彼はコーヒーを作る所から始めるようになっていたりもするのだ。
「亀山さん、本当に辞めちゃったんですね」
不意に、声のトーンを落とした浅輪がそう言った。
彼が向けた視線の先を辿れば、そこには右京の名札だけがかかった在籍表示板がある。
そう言えば、と。
浅輪と知り合いになったのは亀山経由であったことを右京は今更ながら思い出した。
切欠は本当に偶然による産物である。
たまたま飲み屋で居合わせた二人がそこで意気投合し、その後、今日のように組対に用があってやってきた浅輪を亀山が右京に紹介したのだ。
在籍表示板を見上げる寂しそうな横顔が、二人の仲の良さを物語っているように思えて。
右京は微笑を浮かべ、相づちを打つ。
「・・・えぇ」
それが存外に沈んだトーンで響いてしまったような気がして。
気持ちを切り替えるように、右京は努めて明るい声で思い出した事を口にした。
「そう言えば、君は良く亀山くんにここでコーヒーを入れてもらっていましたねぇ」
「あぁ、そうですね。ここに来ると休んでけっていつも亀山さんがコーヒーくれて」
事件捜査の関係で浅輪は時折組対に足を運ぶことがあった。
その度に彼を見つけた亀山が特命係の部屋に誘い入れてコーヒーをふるまっていたのだ。
思うに、それは多忙な浅輪を気遣ってのことだったのだろう。
人情派な彼らしい、と右京は微笑する。
「良かったら、今日はコーヒーではなくて紅茶でもいかがですか?」
「えっ!いいんですか?」
「もちろん」
目を丸くした浅輪は右京の答えにぱあっと笑顔になると、是非!!と弾んだ声で言った。
「俺、一度右京さんの入れる紅茶飲んでみたかったんですよ〜♪」
「おやおや、そうですか。ご期待に添えられるかどうかは分かりませんが、それでは準備しましょう」
「よろしくお願いします!」
嬉しそうにそう答えたにこにこ笑顔の浅輪につられ、右京もついにっこり笑顔を浮かべてしまってから、彼は一人、内心で照れるのだった。