来客を告げるベル。
井ノ原は玄関まで走った。
「ようこそ、友よ!ひさしぶりー、マーボーナス」
「うるせぇんだよ、お前は!」
来客はサングラスを外しながら、玄関に足を踏み入れた。
「まぁ、あがって」
「ちょっと待て」
井ノ原の友人:松岡は井ノ原を玄関の外に連れ出すと、
嫌そうな顔で井ノ原の肩や背中をはたいた。
「あれ、何か、ついてた?」
「ばっちり、憑いてた」
「おかしいな〜、昨日も坂本くんに会ってるんだけど」
「自覚症状のない奴が、偉そうなこと言うんじゃねぇよ!」
井ノ原は、先天的に【霊】に憑かれ易い体質だ。
元来、【霊】に憑かれると意識を奪われたり、極度の体力を消耗したりする。
しかし、井ノ原の場合、珍しいことに本人には一切の自覚がない。
もしかしたら、全く影響を受けない体質なのかもしれないが、
【霊】を感じることができる側としてはほうっておけない。
「本来なら、祓いは有償なんだぞ。ありがたく思え」
「どもども」
「・・・帰る」
「まぁまぁ、わざわざ来たんだからあがっていって頂戴よ」
井ノ原に力強く引っ張られ、しぶしぶ松岡は部屋に上がった。
部屋は、来客の為にある程度片付けられていた。
「お茶入れるから、その辺座っといて」
「言われなくとも。おっ、この漫画読みたかったんだよな」
積み上げられた本の中から一冊を引き抜くと、ソファーに腰をかける。
パラパラとページを捲ったが、すぐに本をテーブルの上に置いた。
そして、テレビの上の写真立てに目を向けた。
そこへ井ノ原がジュースとお菓子を持って戻ってきた。
「それね、例の坂本くん。かっこいいでしょー」
「・・・普通、男の写真なんか飾るか?」
「【術者】の傍に【霊】は寄り付かないって言ったのお前だろ?」
「写真に効果はねぇよ。それに【術者】に限らない。
御三家の近くには大抵の【霊】は寄り付かない」
「何、その、御三家って。演歌歌手みてぇ」
けらけらと笑う井ノ原に、松岡がむっとする。
井ノ原が持ってきたジュースを一気に飲み干すと、お菓子に手を伸ばす。
「【術】の坂本家、【霊】の松岡家、【式】の岡田家。
お前なんかにこの凄さはわかんねぇだろうな」
「【術】はわかるけど、【霊】と【式】は同じだろ?」
「違う」
「どこが?」
「一般人に教える必要はない」
「え〜、気になるじゃん」
教えろ光線を出し続ける井ノ原に、松岡はやれやれといった感じで首を振った。
「うちは、彷徨いし魂を輪廻の道へと導き浄化する。
あっちは、彷徨いし魂を束縛し、己の欲の為に使役する」
固く冷たい印象の言葉に、井ノ原は顔をしかめた。
「お前・・・岡田家、嫌い?」
「あぁ。あんな奴等が同じ御三家だなんて思いたくない。
坂本家が滅びたのもあいつ等の所為みたいなもんだしな」
滅びた、という単語に井ノ原は首を傾げた。
そして、自分の思い浮かべた仕事の先輩をあげる。
「でも、坂本くんがいるぜ?あの人、【術】が使えるし」
「家系としてはな。でも、あそこにはもう当主がいない。
最後の当主が継承の前に亡くなったから。
だから、坂本家は滅びたんだ。今年で確か10年だったな・・・」
「じゃあ、岡田家の人間が坂本くんのお母さんを殺したのか!?」
「さぁな。それはわからない」
松岡はポケットから煙草を取り出し、火をつけた。
大きな煙は溜息のようでもあった。
「・・・岡田家は、坂本家の宝刀を奪ったんだ」
「それが10年前?」
「いや、今年で100年。この間、ばあちゃんがしみじみ言ってたからな」
「はぁ・・・、俺には話の流れがわかんねぇ」
「何だよ、自分から振っておいて」
机に突っ伏した井ノ原に、松岡は喉で笑う。
「とりあえず、お前んちと岡田家は仲悪ぃのか?」
「一応の表面付き合いだけだな。
次期当主はまともそうな奴だったが・・・どうなることやら」
「へぇ、結構期待できそうな感じじゃん。どんな奴?」
「お前と正反対で、すっげぇ、かっこいい」
「こんなハンサムなかなかいないぜ!?」
「お前んち、鏡が曇ってんじゃねぇの?」
笑いあって、難しい話はそれでお終いとなった。
「俺って、こんなに口が軽かったっけ?」
井ノ原の住むマンションを出て、松岡は大きく溜息を吐いた。
あの男には何故か門外不出のことまで話してしまう。
「やっぱり、あいつが【鍵】を握っているのか?」
空には、夜を知らぬ太陽。
それは、まるで誰かを彷彿させるような。