<壱>
開けていた窓の向こうからポツリポツリと雨粒が落ちる音が聞こえる。
それと共にふわりと雨の匂いがやってくる。
「降り出したか…」
筆を置いて、窓の外を見る。
どんよりとした雲が立ち込めていて辺りが暗い。だが、遠くの方は青空を見せている。
どうやら通り雨のようだ。
ポツリポツリだった雨が一瞬の内にザーッという激しいものに変わる。
俺はここに居ない奴のことを思い出す。
あいつ、買い物に行ってんだよな…。
執務室の入口の脇に立てかけてある傘が2本。
雨が降るかもしれないと言っていたのにも拘らず、置いていったらしい。
「迎えに来いってことか?」
まったくしょうがねぇ奴だな。
あいつがどうして買い物に出たのか、なんてのは棚に上げておいて。
俺は筆を本格的に置いて、傘を持って執務室の外に出た。
<弐>
あ、雨や、と思った瞬間、ザァッと降り出した通り雨。
空の向こうは青空が広がっていて、いずれ止むだろうということは分かる。
「雨が止んだら虹が見れるかもしれんな」
窓の外をぼんやりと見つめる。
そして不意に思い出す。
つよしは傘を持って行っとるんか?
街に用事があると言って出かけていった相方のことを思う。
傘なんて持っていく奴やないしなぁ。
俺は詰所から出て、普段使っていない執務室へと向かう。
そこに確か傘を置いていたはずだ。
執務室にぽつんと置かれている傘2本。
…これは迎えに行かなあかんのか?
「…風邪とか引かれたら迷惑やしな、うん」
何だかんだと言い訳をしつつ、俺は傘を持って隊舎を出た。
<参>
目的のものを買って店の外に出る。
「あらら…降り出しちゃった」
店の中に居る時からやばいなぁ、とは思っていたんだけど。
本格的に降り出した雨。
さて、どうしよう。
手には坂本くんに頼まれた本と並んで買った羊羹。
どちらも濡らしたくないもの。
うーん…向こう側は明るいからすぐに止むのかもしれないけれど。
ザーッという音を立てて降っている雨は中々止みそうにはない。
やっぱり傘を持ってくるべきだったなぁ。
執務室に立てかけたままの傘を思い出して、溜息を落とす。
その時、目に入ったのは四番隊副隊長のつよしだった。
「あれ、長野副隊長。どうしたんですか?」
「そういうつよしこそ、雨宿り?」
「はぁ、何や急に降られてしもて」
どうやらつよしは隣の店で買い物をしていたらしい。
俺たちは軒下に並んで立って、どうしようかと空を見る。
「迎えに来てくれるような人じゃないよなぁ」
「坂本隊長ですか?」
「うん…傘を持って行けって言われたんだけどね」
「光一も迎えには来てくれんやろうなぁ」
そう話していた時、ふっと自分の前が翳った。
何だろう、と思って前を見ると。
「雨降るって言っただろ?」
「そうだったね」
「つよしも何で持っていかへんの」
「忘れとっただけやん」
来るわけないと思っていた人物が立っていて。
俺はちょっとだけ驚いたが、すぐにいつもの顔に戻す。
坂本くんから傘を受け取って、つよしとともに軒下から出る。
雨は段々と小降りになってきていて。
「まさか迎えに来るとは思わなかったよ」
「俺もですわ」
「何だ、何か言ったか?」
「ううん、何でも。早く帰ろう。羊羹買ったしv」
「羊羹……」
「光一も早く帰ろうや」
「ちょお待てって」
隊舎に着く頃には雨も上がっていて、空を見上げるとそこには虹。
雨の日の買い物もいいかもね。
迎えに来てもらって一緒に虹を見上げて。
俺はつよしと顔を見合わせて、ふふ、と笑った。